鷲尾レポート

  • 2025.05.12

【試論】何故、トランプ支持率は相対的に高いままなのか~忘れ去られた人々と金満層、その意図せざる不可思議な連動~

就任以後100日、大統領令を発出し続け、米国の社会制度や経済システムに多くの変調を生じさせているにもかかわらず、有権者のトランプ支持率はそれほど大きくは揺らいでいない。

幾つかの世論調査を見てみると、例えばCNBCの結果(調査期間:4月9日~13日)ではトランプ支持44%、不支持51%。CBS調査(4月8日~11日)でも支持47%、不支持53%等など。ラスムーゼン調査(4月13日~17日)に至っては、支持51%、不支持47%と、トランプ支持が不支持を上回る程。

***反トランプの色彩が強いNYT紙は、“Trump‘s Approval Rating Has been Falling Steadily, Polling Average Shows”との記事を掲載(4月24日)、その中で、「直近の支持率は44%、不支持率52%」だったとし、就任直後の支持率50%強からの大幅低下を強調したが、それでも記事本文中では、
” American Presidents typically enter office with a groundswell of support that wanes over time. But Mr. Trump’s approval has been dropping slightly faster than that of his predecessors” 等と、記事に付したタイトルに比し、若干言い訳的な内容の解説になっている。トランプ支持率が落ちてきたことを強調したいのだろうが、歴代大統領の前例と比べて、そうまで確定的に断言するには、未だ時期尚早の感を拭えない。同じような感想を筆者は、4月27日付のWashington Post紙の記事にも感じている。

***第一期トランプ政権下(2017年~2020年)では、不支持率が常に支持率よりも8~10ポイントほど高かった。その意味で、トランプ政権は決して人気のある政権ではない。この不人気の傾向は、第二期政権下の100日でも基本的には継続されているわけだが、唯、現状では不支持率優位の状況は5~7ポイント程度差に留まっている。

だから逆に、支持率が、何故、強固に固定化されている点こそが、解明すべき疑問点となるべきなのだ。

こうした、大統領への支持率調査結果に、NBC ニュースやCNNが4月中旬までに発表した、民主・共和両党への支持率調査結果を重ね合わせてみると、①有権者の民主党への支持の度合いが史上最低レベルに落ち込んでいる点(有権者全般の民主党への好感度は29%VS共和党への好感度36%:CNN)、並びに、②共和党支持者の中で、自らMAGA支持者だと立場を鮮明にする声が、選挙前より増加している点(共和党支持回答者の中での自称MAGA派の比率:24年11月選挙前55%→25年3月時点で71%:NBCニュース)が、否応なく鮮明となっている。

先ず①に関しては、一方では、従来は民主党の支持基盤だった、製造業従事の非大卒労働者の民主党離れが選挙後にも依然進んでいること。

また他方では、民主党支持に留まっている層の中から、トランプ暴走に対し、民主党としての阻止活動が弱すぎるとの不満が噴出していること。

特にこの後者の点に関しては、民主党全国委員会自身や、民主党が行政府を握る各地の州政府が、折に触れトランプ政権の大統領令に対し、憲法違反、もしくは連邦法違反を理由に、多数の提訴を行っている(こうした動きがまた、次は司法とトランプ政権との摩擦に当然繋がってゆくだろう…)。

しかし、民主党支持者の鬱積は、単なるその種提訴だけでは収まらず、今後はむしろ、連邦議会での民主党の抗議の動きの鈍さに向かうはず。それ故、この鬱積が、今後、減税案やトランプ・アジェンダの議会審議の際、どの程度強く民主党議員たちの背中を押すことになるのか、その背中からの圧力に、支持率低迷の極致にある、民主党がどう反応するのか、そしてその反応ぶりが、民主党の将来展望とも結びついてくるのは必至。

②に関しては、共和党がトランプ党化している現実が顕著に表れている。共和党内でのトランプ専制が一挙に進んだのは、2018年の中間選挙の頃から。この中間選挙を、自らに対する信認投票だと強調した当時のトランプは、党内での穏健派勢力の一掃を図り、為に、党の主流派だったライアン下院議長(当時)や穏健派の現職議員の大半が引退に追いやられた。今から思えば、明け透けな党内の大粛清だった。

このような粛清が可能だったのも、トランプが自ら滋養してきた、本来なら民主党支持で、共和党候補たちには手の届かない有権者層が、トランプの一声で、自らの支持に回ってくれる、そんな期待が共和党候補者たちに周知されていたからに他ならない。選挙における、岩盤支持層を有するトランプの一声が、彼ら共和党候補者たちにとっては、審判を下す神の声に聞こえたのだ。

追記しておけば、この粛清から逃れ、党内に生き残った反トランプ派の議員たちも、その末路は惨めだった。そんな典型例が、下院共和党ナンバー3(当時)のリズ・チェイニー下院議員(ブッシュ・ジュニア政権のチェイニー副大統領の娘)。

彼女は、民主党が主導した連邦議会のトランプ訴追に賛成したが故に、結果として党を追われた。その彼女が2024年大統領選挙に際して、トランプ独裁の危険を強調して、民主党ハリス候補を応援したことは、読者諸賢の周知の事実だろう。所詮、政治と怨念は切り離せないのかもしれないが…。

共和党のトランプ党化という現実をひしひしと感じているのは、党内で今なおトランプと距離を置く、リサ・マコウスキー上院議員も同じ。上記チェイニー女史と同じく、連邦議会のトランプ訴追に賛成していた彼女は、4月14日、選挙区アラスカのアンカレッジで、選挙区故の気安さからだろうが、次のような言葉を吐いた。

曰く“I am very anxious myself about using my voice, because retaliation is real”…。

では、こうした専制的行動が目立つトランプが、何故、2025年の選挙で大統領に返り咲くことが出来たのか…。

筆者はかねがね、その理由を、米国の産業構造転換で、取り残された重厚長大の大型製造業に従事していた忘れ去られた人々(2016年大統領選挙で、民主党ヒラリー・クリントン候補を破った直後、共和党トランプ陣営が放った第一声The forgotten people will never be forgotten again”が語源。

具体的には、鉄鋼や自動車、アルミなどの、米国が競争力を失ってきている製造業の、非大卒白人労働者のイメージ)と産業構造転換で前面に出てきた金融・サービス業、その基軸となっている金融の抑制なき拡大から裨益した金満層の、不可思議な連動の結果、だと主張してきた。そうした連動のメカニズムを知るには、先ずは、そうしたメカニズムにたどり着いた経路、もしくは沿革を把握しておかねばならない。

そして、その理解のためには、少々、本題からは迂回するが、前提として、以下の4点への認識が必要だ、と強調しておきたい。

  1. 1980年代以降、米国の産業構造が、製造業からサービス・金融を主体とした構造に大転換したこと。
  2. その結果、それまでは相対的に高い賃金を享受していた製造業雇用が減少、替わりに賃金水準が低いサービス業従事者が増え、結果、全体としての賃金水準が伸び悩んだこと。続く、金融主導の株式資本主義化への流れの中で、労働分配率はさらに大きく低下するのだが、反面、同じ個人でも、株や有価証券を保有する層の資産は急増、保有しない層との間での資産格差が急拡大したこと。
  3. またこの間、連邦政府による一連の所得減税が、その過程での累進性の大幅喪失などを伴いながら導入され、結果、それでなくても生じつつあった所得格差、延いては資産格差が、一層大きく拡大したこと。
  4. 最後に、この間、連邦政府によって、金融規制が大幅に緩和・撤廃されたこと。

先ず、一番大きな流れとして、①から見ていこう。その際、視野をもう少し広く、米国の大恐慌経験辺りから始めてみたい。

その発端は、1932年大統領選挙における、民主党フランクリン・ルーズベルトの当選だった。大恐慌の最中、為す術もなかった共和党フーバー政権の後を襲い、新たに大統領に当選したルーズベルトは、不況期への新しい対応(New Deal)として、ケインズ経済学を財政政策に援用、積極的な公共事業を展開する。

歴史教科書などで名高い、テネシー州でのダム建設などはそういう大型プロジェクトの典型例。このダム建設のおかげで、今まで夜はランプの明かりで生活していた南部諸州の白人たちは、通電で生活環境が一変、以降、そうした生活の質改善を齎してくれた民主党の大票田と化した

同じような生活改善感を、黒人層も享受した。それまで黒人層は、奴隷解放の党共和党を支持する票田だと認識され、そのイメージ故、共和党側は当然に自分たちの側に、逆に民主党側は、たとえ働きかけても奴隷制度廃止に反対した、民主党としての過去の経緯から、黒人層は自分たちの側には来ないだろうと判断、結果、黒人層はどちらの党からもアプロ―チを受けない、いわば選挙戦では無視される存在だった。

そんな状態をルーズベルトは一変させた。選挙戦では積極的に黒人有権者に働きかけ、当選してからは、黒人層にも公共事業の裨益が齎されるよう、特段の配慮を示したのだ

結果、それまで共和党支持と見做されていた、南部農園や北部都市で工業労働者として働いていた黒人たちは、ルーズベルト政権の下、民主党の大票田に生まれ変わった

そして時は、ルーズベルト革命から40数年後に至り、1980年大統領選挙で、共和党レーガン大統領が、民主党の現職カーター大統領を破って、勝利を収める。

ルーズベルト的な大きな政府のコスト負担に、中産階級が耐えられなくなり、彼らの多くが、小さな政府を提唱していたレーガンに支持替えを行ったのが勝利の主因だった(特に、北東部アパラチア山脈周辺の、かつては炭鉱の町として栄えた地区。

その地の、白人炭鉱労働者たち、今風に言えば、落ちぶれかけた中産階級下層の、“忘れ去られた白人労働者たち”、彼らが投じた、大量のレーガン票が、結局は勝負を決めたのだと、当時の選挙専門家たちは分析している)。

かくして、1981年に大統領に就任したレーガンは、「政府こそ諸悪の根源:Government is not a solution, but a problem」と言い放ち、ルーズベルト的な大きな政府とは真逆の方向を統治の基本方針とした

具体的には、①減税、②歳出削減、③人為性を排した、誰もが予測可能な金融政策、④規制の軽減・廃止、の四本柱

しかし、この4本柱政策は、インフレと失業率の高さに悩んでいた当時の米国経済にとって、いわば急ブレーキをかけるような結果を齎す。それは、第二次大戦後の米国が経験した最大の不況の招来であり、その不況下での高金利、ドル高であった

だが、レーガン政権は、それほどの大不況に直面しても、政策の軸をブレさせない。

ところが、経済政策の枠組みの中で行動せざるを得ない個別企業にとっては、この経済環境の悪化は、経営の根幹を揺るがすもの。為に、各製造企業は、急激に縮小した国内需要に見合うレベルにまで供給能力を大幅に削減、米国内には工場閉鎖やレイオフが蔓延した。

どうしても生産増強が必要な場合には、折からのドル高を利用して、海外に生産を移植する方法をとった。

つまり、このレーガン不況で米国製造業は一気に空洞化したのだ。だが、その製造業の穴を埋めるが如く、マイクロソフトやサンマイクロシステムズといったITC系企業が誕生したのもこの時期だった。

言い換えると、レーガン革命は、米国経済の産業構造を、従来型製造業から、ITCに代表される、当時の未来型製造業、さらには金融やサービス主導の方向に、大幅に転換させることになったのだ

***この時期、レーガン不況は米国に双子の赤字(貿易と財政)問題を齎した。

そして、その双子の赤字の原因が、日本の対米輸出過多。つまり、日本国内の各種貿易障壁の所為だと、米国内に対日バッシングの嵐が吹くことになる。実態から言えば、同じ時期に、太平洋を挟んだ日本では、米国とは逆の動きが起こっていたからだけだったのに…。

日本の製造企業は国際競争力を増強するため、一斉に近代化投資に勤しみ、国内には輸出余力が満ちるようになっていた。

不況下、苦しむ企業に何の手助けも講じない、米国のレーガン流、市場尊奉の、ある意味ショックセラピー的手法。

それが、虚弱国内産業の徹底した淘汰・新規産業の急速な台頭を齎したのだが、反面、日米の経済関係をマクロ的に観れば、米国製造業が不況による国内需要減に対応するため、国内供給能力を大幅にカットしていたところに、米国経済が急回復し、そのために生じた国内供給能力の不足を、太平洋のかなたで、逆の動きをしていた日本の製造業が埋めることになった、というのが、事の真相。

そして、この双子の赤字への対処として、レーガン政権は、それまでの自由貿易的主張を改め、相互主義貿易の提唱へと、対処のための論拠を変えたのだった

いずれにせよ、1980年代から始まった、米国経済の、従来型製造業から金融・サービスへの構造変化は、その逆の真実として、現在のトランプ政権が問題視する、米国の従来型製造業の沈滞・衰退化を齎すことになったわけだ

②に論を移すと、この分野を解説するには、1980年代以降の米国の所得格差の拡大を示す統計が一つあれば十分。

下記の表は、米国家計を所得5段階別に分け、個々の段階の家計が、全家計の中でどの程度の割合を占め、そのシェアーが年の推移とともにどうシフトしてきたか、を一瞥するために作成してみたもの。

(5段階別)の所得比率;単位%

1947 1960 1980 1990 2010 2020
最下位所得層 5% 4.8% 4.2% 3.8% 3.3% 3.0%
下位から2番目 11.9% 12.2% 10.2% 9.6% 8.5% 8.2%
同3番目 17.0% 17.8% 16.8% 15.9% 14.6% 14.0%
同4番目 23.1% 24.0% 24.7% 24.0% 23.4% 22.6%
最上位所得層 43.0% 41.3% 44.1% 46.6% 50.3% 52.2%
トップ5% 17.6% 16.0% 16.5% 18.5% 21.3% 23.0%

出所:US Census Bureau

上記表を見れば、2020年で最上位層(年収62万ドル以上)が既に米国納税者層の52・2%を占めていることがわかる

もう少し厳密にいえば、最上位層は、1980年の44.1%→2020年の52.2%へと、この40年間で、5段階層の中で唯一、自らの比率を上昇させており、他の4段階は、いずれも全体に占める所得比率を減少させている

つまり、言葉を選ばずに言うと、この40年間の米国社会の所得分配上、最上位層が独り勝ちしてきた実態が露になっている。そして、今や米国の課税政策は、この最上位層を敵に回しては成り立たないのだ

また、極論すれば、この層と、その一つ下の層から徴収する税金で、最下位層(年収2万ドル以下:2020年当時)への諸々の福祉政策が行われているわけで、税を負担する側の無意識の価値観(=働かざる者食うべからず、の信奉等)から見れば、当然に、所得再配分への拒絶感も強まってくる、というものだろう

民主党のリベラル政策への反感が、年を経るに従って、強くなってきているのも、高所得層の、こうした所得の再分配機能への拒否感を反映したものに他ならない

では何故、最上位所得層に、これだけ所得の分配が偏在することになったのか…

③に論を移し、ここでは少し、米国の連邦所得税率の変遷をトレースしておきたい。米国史上最初の所得税が導入されたのは、1913年だった。税率は1~7%。そして、この高所得層に賦課された7%の最高税率は、1918年、米国が第一次大戦の戦費増大に対応するため、一挙に77%にまで引き上げられた(最低レートは6%)。

尤も、その最高税率は、大戦終結後の1921年以降、段階的に引き下げられ、大恐慌の1929年頃には最高税率は24%、最低税率は4%程度にまで、それぞれ引き下げられている。

しかし、第二次大戦の勃発で、税率は再び上昇に転じ、1931年には、最高税率は63%にまで引き上げられた。

その後、戦争の終結と同時に最高税率は再度引き下げられ始め、1964年は50%に引き下げられたが、それ以降は、政府財源の不足をカバーするため再び上昇に転じ、民主党カーター政権末期の1980年には70%に達していた。

この税率を、半ば恒久的に引き下げたのが、共和党のレーガン大統領。彼は、大統領就任の2年目(1982年)、己の持論たる小さな政府実現に向けた具体的手段として、大幅減税法案の議会採択に成功、5段階ベースでの、最上位所得層への税率を、それまでの70%から一挙に50%に大幅に引き下げた

さらにレーガンは、再選後の1986年、最高税率を28%にまで引き下げる法案を議会で成立させている

***レーガン政権の大幅な所得税減税(70%から50%へ、さらに28%へ)は、それ以降の連邦議会に二つの大きな課題を背負わせることになる。

一つは、所得減税が、歳入の源を大きく絞ってしまったため、伸び続ける歳出をカバーするための政府国債発行枠の拡大を、連邦議会の折々の許諾に委ねざるを得なくなったこと。そしてそのための政治交渉が、行政府と議会との恒例の行事の如くなってしまったこと。

二つは、最上位所得層向けの、これほど大規模な所得減税によって、税法がこれまで維持してきた累進課税の基本精神がほとんど失われてしまい、所得格差と貧困層や国民一般への福祉政策の在り様が、これまた民主・共和両党の恒常的対立の芽としてしまったこと。

そんな最高税率を、政府財源充当のため、再び引き上げた(28%→31%:1990年)のは、レーガンの後を継いだ共和党のブッシュ大統領だった。

それを、同じ目的(政府財源不足)で、さらに引き上げた(31%→39.6%:1993年)のが民主党のクリントン大統領。それがさらに、民主党から共和党に政権が変わり、ブッシュ・ジュニア政権が登場するや、最上位所得層向け所得税率が再び引き下げられる(39.6%→35%:2001年)。

そして、この税率が民主党オバマ政権の下で、再び引き上げられる(35%→39.6%:2013年)。この税率を、その後、逆に引き下げたのが、第一次トランプ政権(39.6%→37%:2018年)。

そして、この引き下げた税率の期限が失効し、39.6%のレベルに戻ると予定されるが2026年。第二次トランプ政権は、この引き上げを阻止し、できれば現行レートを永久化、或いは一層の減税を達成しようと、今後、議会対策に全力を注入することになるのだろう。

最後の④は、具体的には、1980年代以降の金融規制の大幅緩和である

金融機関(銀行)が資金を投機に向けることを禁じたグラス・スティーガル法は、大恐慌の余韻未だ覚めやらぬ、1933年に成立した。この銀行業務と証券業務を切り離した法律は、以後、40数年は厳格に守られていたが、1980年代、共和党レーガン政権が誕生するや、次第に骨抜き化が進み始めた。しかし、それはあくまでも実態ベースでの話。

しかし、そうした水面下での潮流は、1999年に至り、共和党の二人の連邦議員の主導で同法の廃止が議会で採決され(1999年グラム・リーチ法)、民主党クリントン大統領が署名・成立し、結果、金融規制の大幅緩和が大手を振って社会表面に躍り出てくる

こんな共和党法案に署名したところにも、社会的に共和党の影響力が増しているとの判断に立ち、新しいタイプの民主党大統領を標榜したクリントンの特色が出ているのだが、この法律の廃止は、次の共和党ブッシュ・ジュニア大統領が提唱したOwnership Society政策によって、一層、その経済・社会的意義が深まって行く

具体的には、株式投資推奨政策→金融投資熱の高まり→投資ファンドの増大→新しい証券化商品の一層の開発促進→ファンドの金融機能のさらなる拡充といった、金融と証券の垣根が取っ払われた土俵の上での、金融関連機関総体としての、各種取引活動領域の拡大である

そして、その動きがまた、ブッシュ・ジュニア政権の金融グローバル化政策によって、欧州や日本の金融障壁排除への要求となり、延いては、世界的な金融グローバル化時代を招来せしめることになって行くのだ

***ブッシュ・ジュニア政権の株式投資推奨政策は、年金基金や個々の国民に、将来の年金不安に備えるため、自己責任での株式投資による資産増殖を図らせようとしたもの。その意味で、日本の岸田政権下の金融投資立国化政策とも、その下地は同じであろう。筆者がかねがね、米国社会で起こったことは20数年後に必ず日本に波及すると主張する所以である。

***ブッシュ・ジュニア政権が金融グローバル化を進めて、欧州諸国の金融市場をこじ開けようとしていた頃、某国際シンポで欧州の中央銀行首脳が「Globalization is not Americanization」と大声で抗議の主張をしていたことが、今頃になって懐かしく思い出される。

***2006年9月のリーマンショックは、この種ファンドの増設とサブプライム・ローンで組成された金融商品の大量組成が、金融グローバル化の中で破綻した一例。その発生の直後、民主党のオバマ政権が誕生するのだが、リーマンショック直後、オバマが遊説先からワシントンに舞い戻り、米国の経済・社会の危機を強調したのに、共和党候補だったマケインは、常の一時的ショックだと軽く受け流そうとし、選挙遊説を止めなかった。結果はオバマの勝ちと出た。

さて、ここら辺りで、結論を纏めておかねばならない

何故、忘れ去られた人々と、本来は利害が相反するはずの金満層との、不可思議な連動が成り立ったのだろうか…。

結論はもはや自明であろう。1980年以来の、小さな政府路線が根本的に定着し、ために増税への道は細り、社会福祉政策増強の可能性も薄れ、所得税の累進性復活も政治的には受け入れられなくなった。そんな中、金融主導による産業構造変化が一層加速化する。そうして生まれてきた所得分配の不平等、延いては資産格差の拡大。

結果として残ったのは、かつては栄光ある中産階級の、輝ける担い手で、親子2代にわたってGMやUS STEELに働くことを誇りにしてきた、そして今や、その中産階級からもこぼれ落ちそうになっている“忘れ去られた人々”。

彼らの社会的立場は劣悪化し、心には鬱積感が満ち溢れてくる。そして、そうした心理状態からは、何としても現状を打破したいという、そんな渇望感も生まれてくるというものではないか…。勿論、彼らとて、トランプが無茶なことを言っているとは知っている。

だが、不動産王とまで言われ、企業経営実績豊富なイメージのトランプが、MAKE AMERICA GREAT AGAINを唱え、且つ、その彼が、今や大統領とまでなっている。

自らの立場、心情、希望を、“現状打破の教祖”たるトランプに託した彼らが、そんな教祖の下を離れがたいのも、よく分かる道理というものだろう。

***トランプも、そうした支持基盤向けのManufacturing Renaissance政策を売り物に、造船業を再建、米国内での自動車や鉄鋼生産のサプライチェーン再構築を目指すなどと、大声をあげて旗を振っている。Trade is Bad, Custom Tariff is beautifulなどと、余り美しくもない、おじんギャグ的キャッチフレーズを多用しながら…。

***そして、共和党内MAGA派を構成する、上記忘れ去られた人々もまた、トランプが打ち出す数多くの現状打破策を、これまでの鬱積を晴らす、格好の痛快事と見做し、これまでは「トランプには誇張壁がある」、「主張することと、実施することの間に開きがあってもやむを得ない」との態度で擁護していたのが、今や、「関税の痛みは一時的…トランプは、言動一致の最高の大統領」と囃すまでに、トランプ支持の熱量をあげているらしい(日本経済新聞2025年4月26日)。

***其処には、トランプが、既存の多くの社会慣行やシステムを破って、国内外からの批判を浴びれば浴びる程、MAGA派の支持が固まる現実がある。故にこそ、トランプ支持率が、現段階ではまだ、大きく下がることはなく、むしろ支持の強度が固定されている根本理由があると言わねばならないのではないだろうか…。

勿論、経済の実態が、MAGA派の支持者たちも認めざるを得ないほどに悪化した場合は、必ずしもその限りではないだろう。しかし事態がそこまで悪化するには、少なくとも半年はかかるのでは…。

他方、金満層の方はどうか…。彼らもまた、トランプの主張に共感を覚える部分が多いはずだ。

上述してきた最後の2点、つまり、高額所得者向けの連邦所得税の恒常的引き下げと、金融規制の抑制なき拡大――が、金満層にとって魅力たっぷりの提唱であることは疑いあるまい。

この2つの提唱が意味すること、それは、高額所得者の手中に巨額の貯金が残ること、加えて、それら手元貯蓄を、投資という名分で振り向けられる分野が、さらなる拡大を認められることなのだから…。

高額所得者になればなる程、消費性向は低くなる。だから、その余剰としての貯蓄額も大きくなる。そして、この金満層の手中に残る余剰貯蓄が、現在のような金融至上主義システムの下では、草の根の如く詳細・濃密に拡散・発達した、公的・私的金融ネットワークを介して、マクロ経済学的に言う、投資に振り向けられる。

それは、ある場合には、連邦政府が増発する国債の購入に向かい、ある場合には、投資ファンドの手を介してスタートアップの立ち上げ資金となり、またある場合には、忘れ去られた人々が、車や耐久消費財を買う場合の、小口ローンの資金源となる。

つまり、富裕層のカネ(一部だけだろうが…)が、回り廻って、低所得層向けのローンの供給に向けられる仕組みすら、そうしたネットワークの中に組み込まれているわけだ。言い換えると、現代の金融ネットワークは、それほどまでに社会の全体を網羅してしまっているのだ。

直近の米国経済がマイナスを記録した、と報じられている。だがその主因は恐らく、関税引き上げ直前の駆け込み輸入が、GDPの上昇の幾分かを食ったからで、経済の基調が一層鮮明になるのは、なお数か月を要するだろう。

要は、トランプは今、経済の実態がそこまで悪化する前に、関税交渉など面での、面子の立つ妥協を模索しながら、他に替わるDEALでの成功を目指し、それ故、争点を次々と移動させ、国内にあってはリベラル派の拠点ともみなす、主要有名私立大学との対立を意識的に高め、国外にあってはウクライナ停戦に力点を置き(万が一、停戦がならなくとも、ウクライナ資源の入手可能性を米国内向けに誇示できる成果さえ出れば、当面、トランプはそれで手を打つつもり)、次いで中国とも何らかの交渉開始を求め始めようとするなど、有権者の関心を分散させる手法に打って出ようとしている。

世界との交渉の窓口にベッセント財務長官の役割が重さを増しているのも、上記のような米国内外の政治状況と無縁とは思われない。

MAGA派の、忘れ去られた有権者層が、例え一時的にせよ、トランプ支持熱を再燃させてくれてはいるものの、トランプのもう一方の支持層たる金満層が、迫りくる世界金融市場の不安感増大に、次第に心安らかならざる気持ちを高め始めており、こんな時こそ、市場を知り尽くしている財務長官が、大統領の狙いを十二分に知りながら、なお妥協を図ることの出来る達人として、最も頼りになる存在だと、トランプの眼には、恐らくそのように映っている。

***4月後半に入って以降、トランプ政権内部で対中強硬派の影響力が低下してきているとの観測が強まっている(例えばFT4月19日等など)のも、結局は、中国に対しても、対立よりはDEALの段階に入りたい、とのトランプの心中を斟酌して、ベッセント財務長官らが、裏で動いている。筆者などはそう勘ぐってしまう…。

***5月に入り、トランプ政権は、マイク・ウオールツ国家安全保障担当補佐官の国連大使への更迭を発表した(国連大使ポストは、既指名の共和党下院議員を、トランプ自身、それでは下院でかろうじて維持している、共和党多数が崩れかねないとの判断で、取りやめられ、空席となっていた)。

だが、この対中強硬派の更迭が、政権内部の勢力争いの結果だとは思われない。そこには、事態をDEALの局面に移行させたいとの、トランプの心情変化があるようにおもわれてならない。

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