鷲尾レポート

  • 2025.07.08

交渉という名の強要、トランプの米国にどう対応すべきか~対抗策無きは、結局は机上の空論~

トランプ大統領は、米国東部時間6月21日、大統領専用ヘリで移動中、電話を通じ、米空軍のイラン核燃料貯蔵施設爆破計画(Midnight-Hummer計画)に承認を与え、その命を受けたB-2ステルス爆撃機群が、米国中西部ミズーリ―州の空軍基地を発出、1万キロ以上を18時間かけて飛行の後、イランの目標3か所に14発の地下貫通弾を投下したという(NYT2025年6月25日:”How they did it”)。

その空爆成功の報を受けた大統領の脳裏には、第一期政権発足直後の2017年4月(つまり8年前)、フロリダの別荘に招待中の中国・習近平主席に、米軍のシリア空爆を伝えた時の、あの痛快感が、明瞭に蘇ったはずだ…。

***第一期政権就任直後のトランプ大統領は、(当時の拙稿では)フロリダに向かう大統領専用機の中から【今回は大統領専用ヘリだったが】、シリア爆撃の命を発し、その成功の報を、習近平との昼食会の、しかもデザートの時間にポツリと口に出したと言う。

それを聞いた習主席は、10秒ほどの空白の後、通訳に「もう一度言ってくれ」と頼んだ由)。習近平の驚愕振りを、トランプは直後、自分のツイッターで詳細に公表している。

***シリアを空爆する当時の決定も、突然浮かんだ発想ではなかっただろう。シリアを巡る米国オバマ政権の、長い空疎な交渉の後、シリア(当時の政権)が何ら妥協の姿勢を示さない。

そんな前段状況があったからこそ、新政権を発足させたトランプにとって、前任の優柔不断との違いを見せるためにも、ここは空爆で行くと決断することが出来たのだろう。トランプ自伝に曰く、「私は自己主張の場が欲しかった…目的を達するためには、時には異常と思われる程の執念を燃やす・・・それが起業家として成功した人の知られざる特質だ」、とある。

***歴史とは皮肉なもの、第二期トランプ政権にとっては、アサド政権打倒を果たしたシリアの現政権は、その由来は兎も角として、中東情勢への対処や地中海でのロシアの影響力を減じるためには、むしろ今では手を差し伸べる対象。

対してイランは、直前のトランプ自身の中東歴訪で、数多くの対米投資を約束させたアラブ系の国々とは潜在的に対立するペルシャ人の国。加えて、直前、イスラエルが攻撃を集中させ、イランの防空能力は半減している。

そして何よりも、イスラエルのナタニエフ首相自身が米軍のイラン核施設爆撃を何度も要請して来ている。そんな状況は、トランプにとって「巧いタイミングをとらえて素早く、そして断固たる行動をとることが如何に大きな利益に結び付くか」(トランプ自伝)を実証する好例と映ったのだろう。

そんな憶測を裏付けるように、このイラン核施設爆撃後の6月30日、トランプ大統領は「シリアに対する経済制裁を一部解除する大統領令」に署名、更に今後、シリアをテロ支援国家に認定した、1979年の米国政府決定自体の取り消しを検討するらしい(日本経済新聞2025年7月2日)。

本題に戻ると、今回のイラン空爆も、それが終わった現状では、前回のシリア空爆時と同様、トランプ大統領はこの成果を別件の問題対処にどう役立たせ得るか等、彼なりの様々な事後シナリオを連想しているはず

前回は、その後、北朝鮮の金主席との会談を実現させているし、対中強硬姿勢を一層硬化する途を開いている。今回もその例に従うと、ロシアや中国にどう話を持ち掛けるか、或いは、北朝鮮にどういう態度で接するか、更には、今回の空爆を実行した米国の明白な意思(必要に応じて力を行使することを躊躇わない)を、NATO諸国に防衛費を増加させるための材料に如何に使うか等など、トランプの頭の中を、その類の思考が駆け巡っているに違いない。

イランの核燃料貯蔵所爆撃の話を続けると、爆撃直後、トランプ大統領は「ウラン濃縮施設を完全に破壊した」と主張した。ところが、そんな当初のトランプ流成果誇示も、その後、米国国防省情報局担当者が、「今回空爆は、イランの核開発プログラムの中核部分を破壊するには至っていない。

肝心の遠心分離機はほぼ無傷で、精々、開発計画を数か月後退させた程度…」と述べた旨の初期評価を、CNNが報道するに及んで、雲行きが少し変わってくる。

勿論、トランプ自身はその評価をフェイクだと発言、ホワイトハウスも、その種の評価は事実に反するとし、へグセス国防長官自身も己の所轄の担当者の初期評価コメントを、「情報局の一担当官の見方に過ぎない、国防総省の正式の見解ではない」と否定、CIAのラトクリフ長官も「攻撃によって、イランの核施設は打撃を受けており、その再建には数年かかる」と宣言、トランプ政権はあらゆる手を使って、この初期評価のインパクトを否定するのに躍起となった。

しかし、ひねくれ者の筆者などは、巷間伝わるように、イランの濃縮ウランは、爆撃時には既に他所へ搬出済み(FT紙報道)で、且つ、仮に上記国防省担当者の初期評価通りの結果だったのだとすれば、イランがトランプ大統領の停戦熱望を上手く利用して、死んだふりしてイスラエルとの停戦に応じたのも、極めて分かりやすい道理に思えてきてしまう(そうだとすると、この停戦は、イランの核開発願望を一層強め、それを知っているイスラエルのナタニエフ首相が再び躍動、故に停戦も一時的なものに終わる可能性大、ということも…。

***現に、トランプ・ナタニエフの会談が7月7日、ワシントンで行われる由。イスラエルとハマスとの間での停戦を呼びかけるのが主たる目的だとされる。一方、トランプ大統領は別の機会に、ナタニエフ首相がイスラエル国内で汚職の罪で起訴されるかもしれないと報じられている件に関し、魔女狩りだとして、訴追しないようイスラエル社会に呼び掛けた、そんな異例の事態にも注目が集まっている

筆者の少し偏見の混じった深読みでは、ナタニエフ首相のイラン攻撃決定の心裏には、そうした国内での訴訟回避の思惑もあったのではと…。だとすれば、そういう思惑でイランの核施設爆撃にまで踏み切ったのだが、米軍の空爆でも肝心のイランの核施設への打撃が必ずしも目的を達していなかったとすれば、或る意味これ幸いと、イランの停戦違反を言い立てて、米国に核施設の空爆を再度迫ったりはしないだろうか…。トランプ以上の役者がイスラエルにもいるのだから…。

そしてトランプも、そんなナタニエフの思惑を、恐らくは、知っている…。

いずれにせよ、上記のような、トランプの決定なるものと、その結末に至る不完全な事例を何度も見せつけられていると(例えば、就任初日にウクライナ停戦を実現させる、対中関税の引き上げを即時実施する等などの言動と、それらの現状)、「この大統領の言う交渉とは何なのだろう」との素朴な疑問が心に付着して離れない。

言い換えると、彼にとっての交渉とは、所詮、本当の、実質的交渉に入るための、“端緒を創る”だけの意味でしかないのではないかと…。その後は、押して、押して、押しまくるのみ(トランプ自伝)

***不動産取引の場合には、売り手が、たとえどんな高値を付け、100人の買い手の99人が見向きもしなくとも、仮にたった一人関心を示す向きが出てくれば、それで取引が成立することはあり得る。

だが、複雑な要素が絡む国際問題に、果たしてそんな不動産流取引が成立するものだろうか…。極めて大筋での合意はできても、細目が詰まっていないと、そんな合意は、すぐに行き詰る

直近、トランプ大統領の関税政策をTACOと呼ぶことが話題になった。この言葉、コラムニストRobert Armstrong が5月2日付のFT紙に書いた記事中で使ったもの。

記事の中で同記者は「The US administration does not have a very high tolerance for market and economic pressure and will be quick to back off when tariffs cause pain…」と書き、そして“Trump always chicken out”と続けた。TACOは、その最後の結論文章の頭文字を連ねた略称。つまり、トランプは、最後には常に怖気づいて、行動を躊躇すると…。

***Chicken outの意味、ケンブリッジ英語辞典によるとTo decide not to do something because you are too frightenedだそうな…。

こうした揶揄に対して、トランプ大統領が6月21日、イランの核燃料貯蔵施設の爆撃成功を米国民に伝えた際、熱心なトランプ支持者たちは、この大統領の決断と行動こそは、TACO批判の馬鹿さ加減を象徴的に表すものと、Xなどの媒体に、生真面目に投稿している。

いずれにせよ、こうした、上記のような揶揄。それに眦決して反論する、一部トランプ支持派。この両者の存在は、大統領らしさとは何か、そのイメージを巡って、トランプに距離を置く懐疑派と熱烈な支持派の間に、トランプの人となりについて、180度異なる見方のあることを示している。

一方は、トランプを権力という形に拘わる権威主義者と見做し、他方は、彼を「人生の目的は、何かを成し遂げるため…そのためには、時には競争相手をけなすのも駆け引きの一つ…」(トランプ自伝)と好意的に観る。その見方のどちらが正解だろうか…。それは、トランプと直接の接点を持たない筆者には、皆目わからない。

***筆者が直接トランプと握手したのは、彼がまだ不動産王として売り出 していた頃、マンハッタンの本屋で彼の出版記念イベントがあり、ミーハーの筆者が彼の本を買い、署名してもらったとき、彼はついでに商売用の握手をしてくれた。

とはいうものの、長年トランプ大統領を外野席の、しかも最後列から観察してきた身には、大統領の交渉観が、“極めて融通無碍で、提起する焦点を状況次第でコロコロ変える、いわば目晦まし戦術とセットになっている点”を強調しておかねばならない。更に、“己に対しての相手の対応ぶりの如何で、相手に対する己の対応の仕方を変える”、その意味では、極めて厄介な思考の持ち主であることも併せて指摘しておくべきだろう。

***前述のトランプ自伝に曰く、「私は融通性を持つことで、リスクを少なくする。一つの取引やアプローチにあまり固執せず、幾つかの取引を可能性として検討する…一つの取引に臨む場合、これを成功させるための計画を少なくとも5つ~6つは用意する」のだそうだ。

この考え方を、今回関税賦課問題に適応してみると、対中関税→→対中・加・墨への関税賦課→→全世界対象の相互関税へと、問題提起の範囲を徐々に拡大し、それでも問題解決の前進に明確な展望が見えないとなると…→→対米投資促進→→米国進出企業への課税問題(内国歳入法に、在米外国企業に新しく報復税とも見做しうる課税率引き上げ条項を盛り込む)→→こうした提案を国内立法議論【議会審議中の予算案の中に、上記条項を潜り込ませる:内国歳入法に899条を新設】として提起することで、EUや日本など、米国に多額の投資を実行済みの国々に或る種の脅しをかける…等など、従来一つだった争点を、解決が難しいと見るや、次々と拡大・追加して行くスタイル。

***上記の内国歳入法899条新設問題については、「2021年にG-7内で同意が成立していた、デジタル課税と法人税の最低水準を15%に定める旨のルールを、実際に発効させる場合、米国企業には適用しない」との点で、米国とその他国々との間で原則合意がなったという(日本経済新聞2025年6月28日)。

これは、折から米議会で審議されていた、上述の内国歳入法899条新設条項を、米国が断念する見返りに、2021年G-7同意の枠組みの、グローバルな最低法人課税率15%の適用対象から、“現時点では、米国企業を外す”、そんな妥協が成立した、というのが顛末。

***トランプは自伝の中で、「取引で禁物なのは、何が何でもこれを成功させたいという素振りを見せることだ」と宣う。つまり、そんな素振りを相手に疑われると、負けだ、というのである。だからだろう、当該問題での決着が難しいとなると、前記のように、トランプは常に争点の拡散策に出る。故に、余りに問題の種が拡がり過ぎた現状、トランプは何を本当に為したいのだろうかと、疑問さえ浮かぶほど…。

ここからは私見になるが、そもそものトランプの問題意識そのものが、現在の、世界経済に占める米国の在り様の本質から逸れている。

振り返れば、1989年にソ連が崩壊し、米国一人勝ちの状況が出現したとき、世界経済に何が起こったか…。共産主義の盟主の失墜で、旧共産圏諸国は一斉に資本主義経済網の中に放り出された。

言い換えれば、旧共産圏の低賃金労働が世界市場に大量に出現、先進国の製造業は一斉に生産拠点をそれら低賃金諸国にシフトさせ、結果、世界的な過剰生産状態が現出、同時に、米欧の金融資本が,西側生産企業のそうした海外展開に追随した。中国の改革開放を起点とする、経済強国化は、まさにこの時点から出発している。

いずれにせよ、それから45年ほど経た現在、これまでに世界に広まった経済のメカニズムは、概ね以下のようなものだろう。

米国並びに西側の企業の、海外への生産拠点の移設→→それらの動きに欧米金融資本が追随→→折からの金融グローバル化で、米国発の金融手法・金融技術が世界に拡散→→結果、製造生産移転先国からの対米輸出の増大(米国の貿易赤字の恒常化:代表例は中国)と、それら輸出国の稼得資金の米国への還流(受け皿は、米国国債や米国企業が創出した各種の金融商品)。

要は、米国経済は貿易赤字を受容することで、世界の製造企業を活気づかせ、それら企業群は稼得した輸出代金や、自ら成長して生み出した余剰購買力を、米国の国債や企業債、或いは新種の金融商品の購入に振り向ける…

こうした、総体として米国が得する骨太のメカニズムの結果、必然的に、米国は金融分野で超大国化し、製造分野では小国化した。裏を返せば、それが、米国の歴代政権が取ってきた政策選択のはずだった

そして、このメカニズムが継続されるためには、米国は貿易赤字を続け、対して、貿易黒字国は稼得した米ドルを、米国の株式・証券(含む国債、新型金融商品)市場に投資し続ける、つまり、それだけ米国の株式・証券市場が活況を呈していなければならない

ところがトランプは、こうした全体メカニズムを考慮せず、自国に都合の悪い貿易赤字の部分のみに焦点を当て、米国は虐げられているとして、一方では米国企業のManufacturing Renaissanceを掲げ、他方では対米貿易黒字国を非難し、相互関税や諸々の個別関税(自動車やアルミ製品等)を賦課する姿勢を示すわけだ。

こうした状況下、現行10%の相互関税の上に乗せる、個別国ごとの追加関税の交渉締め切り期限7月9日が近付いてきた。そんな頃合いを見計らって、トランプ大統領が亦、交渉相手に圧力をかけてくる

7月4日、トランプ大統領が、「貿易相手国にかける税率が様々に異なり、最大70%(10%プラス60%の意味だと解釈されるが、詳細は不明)に達するだろう…各国別に、それぞれが適用される税率が順次通知され、新しい税率の実行開始日は8月1日から…」と一方的に宣言したのだ。

7月4日現在、米国と個別交渉で折り合った国は3か国。英国、ベトナム、それにカンボジアだそうな…。米国は今、大所のEUやインドを説得すべく全力を挙げているのだろうが、他方、アジアのいくつかの国々でも、ベトナムとカンボジアに続けとばかり、対米交渉を加速させているようだ(日本経済新聞2025年7月5日付等など)。

***では、日本はどうか…。ベッセント財務長官は「日本は参議院選挙を控えており、そんな事情を考えれば、このタイミングでの妥協はむつかしいだろうから、当面は様子を見る」と語っている(CNBCでのインタビュー)

***再びトランプ自伝からの抜粋、「大事な取引をする場合は、トップを相手にしなければラチが明かない個人的には、彼らは非常に商売のやりにくい相手だ。第一に、6人や8人、多いときには12人ものグループでやって来る…話をまとめるには全員を説得しなければならない…日本人はまじめ一点張りなので取引をしていても楽しくない…幸い金はたくさん持っているし、不動産にも興味がありそうだ…、ただ残念なのは、日本が何十年もの間、主として利己的な貿易政策で米国を圧迫することで、富を蓄えてきた点だ。米国の政治指導者は日本のこのやり方を十分に理解することも、それにうまく対処することも出来ずにいる」。

20年近く前に書かれた、この本の中でのトランプの対日観、恐らく今でも変わっていないのだろう。霞が関総出で対米交渉チームを下支えする、そんな体制、恐らくどこの国も取れずにいるのではないだろうか、中国を除けば…。

だが、そんなトランプにも弁慶の泣き所トランプの頭の中では、個別の、つまりはミクロの問題意識はあっても、全体の構造から眺める、マクロの視点が決定的に欠けている。つまり、ゼロ・サム思考から離れられない

だからこそ、ミクロの問題に手を突っ込んだ瞬間、マクロの問題が噴出しそうになると(相互関税を実施に移す直前、米国市場で証券や国債が値下がりし始め、慌てて相互関税実施を7月初旬まで延期した例などその典型)、事態の深刻さに驚き慌てる(前述のようなTACOという言葉出現は、そうした事例故)。

二つ目の泣き所は、トランプの打ち出す方向性に、ホワイトハウス内でチェックが入らない点。第一期トランプ政権の場合には、ホワイトハウス内に、当時の共和党主流の考え方に近い大物閣僚が大勢いたし、その彼らがトランプの考え方の多くを否定し、為に、反対者の多くが更迭されもした…。

だが、今回は、政権内部はトランプ追随者ばかり。だから、関税交渉などの場合、米側閣僚相手に事務的詰めをいくら行っても、それがトランプの望む方向のものでないならば、全ては無駄に終わる。これを名指しされた相手国の立場から見ると、トランプ大統領自身、己が望むもの以外の対案を受け付けない

そうなれば、トランプの“交渉”なる概念の実態は、「立場の強い者の、弱い者虐め」の性格を濃くせざるを得ない。こうしたスタンスを、トランプ自身は自伝の中で「一番望ましいのは優位に立って取引することだ」と、さらっと言ってのけている

さて、そんなトランプの強圧的対応に、ではどう対処すればよいか…。

何人かの識者と議論もし、また色々な方々からのご意見も伺った。ここにそれらを、精神論を含め、箇条書きして、本エッセイの締めとしたい。
先ずは、トランプ強圧への対抗には、「寄らば、切るぞ」との、心中の気迫が不可欠だということ。つまり、肉を切らせて骨を切る、そんな示現流の達人のような気迫を持たなければならない

***尤も、こんな姿勢を貫けるのは、中国ぐらいかもしれないが…。

もし、そうした気迫が日本にあるのなら…、外貨準備としてドル保有の高い日本や英国のThink Tankが米国のピーターソン研究所辺りと共同研究プロジェクトを立ち上げ、トランプ関税が米ドルの価値下落に結び付くメカニズムぬ結びつく可能性や、そのリスクに警鐘を鳴らすシンポをワシントン辺りで開催する。或いは、EUと組んで、関税政策の悪弊が起こる可能性を積極的に対米広報する等など…。要するに、トランプを再度TACOにすれば良いのだ…。

***勿論、こんな手法を取れば、敵対的だとしてトランプ政権が対日姿勢を硬化させることは十分にあり得るだろうが…。嘗て橋本政権時代、通貨を交渉の梃にしようとして、手痛いしっぺ返しを食った先例は未だに忘れられない。それにしても、この時代、トランプ関税政策の不条理を米国の有力紙に投稿する、日本人学者が何人かいても良さそうなものなのだが…。

二つ目は、45年近く前、第一期レーガン政権発足当初、米国の産業競争力委員会が纏めたレポートの中の一節、「一国の産業競争力と個別企業の国際競争力とは違う」との認識に着目し、国と個別企業が、それぞれの立場で、従来からの市場戦略の方向を再考すること。

***この議論を発展させれば、多くの米国のハイテク企業の実像が明らかになる。彼らの多くは、技術は本国で開発し、しかし、米国内での生産は少なく、実際の生産を海外で行っている…。

翻って、例えば、日本の自動車産業…。米国市場への取り組みに於いて、地産地消を追求するスタイルでは、恐らくトヨタと他のメーカーでは、取り組み得る体力に、差が出るのは当然だろう。故に、この機会に自動車産業内で合併などを含む大規模な構造変化が起きる。

或いは、起こす。国もまた、そうした産業再編を助長する。亦、自動車各社にとってのグローバル経営戦略は、そうした環境激変で、自ずとそれぞれに違ってこざるを得ない。そうなれば、一方では、米国市場と心中する企業も出てくれば、他方では、米国市場向けと中国市場向け、或いはインド向け等など、それぞれの市場毎に戦略を異にするように、地域別に経営体制を違える企業も出てこよう…。
***以上のように記すと、昔読んだ経営書、チャンドラーの「組織は戦略に従う」を、ついつい思い出してしまう。

三つ目は、この米国の相互関税や自動車関税賦課を、危機転じて機会に変える方向での国の政策転換…。ある専門家の曰く「日本に必要なのは米国市場だが、その理由の一端を辿ると、自動車の米国市場依存という現実があるからで、その現実故に、逆に日本の産構造転換が今まで進まなかったのではないか…。

世界に技術革新ムードが蔓延し、従来型産業分野で後発国の追い上げが激しくなっている今、トランプ関税禍はむしろ、見方を変えれば、日本の産業構造転換のチャンスとして生かせるのではないか…。つまり、現在の産業構造の中心である自動車からウエイトを次第に変じ、将来の産業構造の軸となる、電子や航空機、宇宙、デジタル、金融などの分野に、外資をもっと呼び込む等、産業政策の軸足を移し換える…。人口が減る中、今そこにある労働力不足への解消策を、その種の産業転換の過程から生み出す。また、自動車産業の系列から外れる中小企業に、電子や航空機などの新しい産業でも応用できる技術開発・生産能力付与の支援を行う等など…。

***ある専門家曰く、「米国一国の25%の関税率引き上げは、対米輸出の視点で言えば、為替レートが1ドル150円から120円ぐらいになるのと同じ効果。だが、米国以外の国向け輸出では、為替レートは依然、1ドル150円にとどめ得る。

だから、米国市場では、関税上昇による現地価格の値上げを、時間をかけて実行すればいい。と同時に、市場多角化の観点から、その他の国向け輸出促進を図ればよい。

要するに、日本の各種情報によれば、「企業も結局は、現地価格の引き上げで対応するしかない」とわかっている。

***尤も、世の中、そう簡単には行かないらしい。自動車各社が関税引き上げ分を現地価格に一挙に上乗せすれば、現地販売会社は当然に赤字化する。ところが、その際、日本の親会社が黒字であれば、厄介なことが発生するらしい。米国の税務当局が、「米国子会社の赤字は、利益を日本の親会社に付け替えているせいだ」と判示するからだとか…(日本経済新聞2025年7月1日)。

だとすれば、現地での販売価格引き上げも、時間をおいて、GMやフォードといった米国の自動車会社自体が値上げをする瞬間まで待てばよいではないか…。勿論、その間、日本の親会社は現地の赤字を被る覚悟はあるのだから…。つまり、トランプとの勝負には、敢えて時間差を置くのだ

また別の専門家は、「自動車に関しては、日本は、韓国、EUなどと連携し、米国内で生産する自動車の台数に相当する輸出分の関税率を、少なくともゼロ、もしくは、世界共通に適用される相互関税相当分、つまりは10%に留めるよう、しぶとく粘るべきだ」と主張している。

***また別の専門家は、米国側に、それぞれの税率の違いに合わせて、原産地規則の適用をどうするのか、実務的問題点をじっくり問い詰めろと提言する。伝聞では、タイなどは、この原産地規則の点で、米側と何とか折り合おうとしている模様だが、専門家によると、この原産地証明の問題、実務的には決してなおざりにできないとのことらしい。

***併せて、現在、EUが指向しているような、米国抜きの広域経済圏創りの可能性も真剣に検討する。その際にも、上記の原産地証明制度はしっかりと制度作りを図るべし。

~~~上記で、「現在こそ、米国社会に向かって、トランプ関税賦課の世界経済メカニズムへの問題点を、日本人として指摘すべきだ」と記述しました。それで思い出した。1994年2月28日(もう30年以上も前になります)、NYTのLetter to the Editor欄に取り上げてもらった拙稿、お眼汚しですが、添付させておいてください、」若かりし自分の懐かしい思い出です~~。

―――日米通商摩擦打開のため、当時の細川総理が訪米したものの、クリントン政権との間で合意に達せず、「ノーと言えないといわれた日本が、ノーと言って帰った」直後の、筆者のNYTへの投稿です―――

To the editor
The “failure “of the latest round of United States-Japan trade talks shows the simplistic and self-centered approach the United States often takes toward its “most important” international partner; Unrealistic demands such as numerical targets, failure to obtain agreement or fulfillment, followed by threats to retaliate or a retaliatory action.

Watching these spectacles, now too familiar, one wonders if United States negotiators understand the complexity of economic mechanisms and the workings of Japanese society. The overall impression is that the United States is good at working out a conceptual image of, say, Japan; it then takes that to be reality. When it finds that reality differs from an image so conceived, instead of changing the image. It vents frustration.

Take one Administration official’s pronouncement to the effect that Japanese bureaucracy is now the “enemy“ of the United States .The economic activities of any country are the result of interactions of a range of factors; industrial productivity, individual corporate strategies, the relationship between corporations and their stockholders, habits and preferences, regulations, and those who create and implement the regulations, the bureaucrats.

The trade balance is no more than one result of those interactions. It is naïve to assure, as the Clinton Administration apparently does, that by reshaping Japan’s bureaucracy to its own liking, the United States can eliminate its deficit with Japan.

Only this simplistic, self-centered approach can account for the United Action of bringing on the Japanese foreign minister at the critical stage of framework talks. The obvious assumption was that by going over the heads of bureaucrats the United States demands on the numerical target would be quickly met.

Most Japanese agree with the Clinton administration’s basic approach that Japan’s social and economic structures themselves must change for imports to increase. This is why Japan has been taking steps to grow out of “a corporate society” by shifting its emphasis from corporations to consumers.

The Japanese are also re-examining their regulatory system even through they have benefitted from it for nearly half a century.

There are things that only Japan can do in correcting the imbalance, like reforming its political system, as well as things that only the United States can do, such as reducing its budget deficit. Tere also things that cannot necessarily be resolved through negotiation, like the difference in speed in bringing about social change and the different degree of complexity of matters to be changed.

Yet before the talks the Clinton Administration, which turned these disparate elements into a single issue, had made simple assumptions about economic mechanisms and the workings of Japanese society and expressed frustration whenever it found that its assumption did not conform to reality. In this regard, it was shadowboxing.

The danger is that the resulting “failure“ could provoke the threat of retaliation or retaliation itself that would affect the global trade climate. It is hard to imagine that such an approach, which is based on virtual reality , will change economic reality.

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