賢く縮まなければならない時代の、地方再生一試案
国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、日本の総人口は2023年には1億2700万人だったが、50年後の2070年には8700万人にまで減少するという。
亡くなられた堺屋太一さんが経済企画庁(当時)長官を務めておられた頃(もう20数年も前…)、筆者は数回インタビューに伺ったことがあり、あの時、堺屋さんは「歴史を紐解けば、人口が減って栄えた国はない」と断言されておられた。そして現在の日本、眞に、人口が減る国になってしまっている。
そんな事を何となく考えていた数日前、縁あって石川県の小松で講演する機会を得た。常ならば飛行機で小松空港まで飛ぶのだが、今回は、自分癒しの旅を兼ねて前日に小松近辺の加賀温泉郷で一泊し、翌日小松に入ることに決めた。
だから、往きは北陸新幹線で小松へ、帰りは同じ北陸新幹線で小松から敦賀まで行き、大阪へ…。
大阪で一仕事して、翌日に神奈川に帰る、そんなJRの通し券を買った。つまり、東京から北陸新幹線→敦賀から大阪までJR在来線→大阪から東海道新幹線で新横浜へ…。
要するに、長野県の外周をぐるりと一回りすることにしたわけだ。そんなルートを旅してみた結果、改めて沢山のことを思い知らされた。先ずは、そんな筆者の感想から…。
このHub and Spokesシステムでは、周辺に住む住民は、ハブ機能を営む新幹線の最寄り駅経由でないと、別のハブ都市に移れない。言い換えると、新幹線を使わない他の手段、つまり自動車で直接別の拠点都市に行くのでなければ、大きな不便をかこつ。
そんなこと等を思いながら、往路、北陸新幹線の黒部宇奈月温泉駅を過ぎた辺りで、若かりし頃の自分が、当時の国鉄北陸本線の夜行に乗って、大阪からこの近辺の魚津に来たことがあったと、懐かしく思い出した。何故、魚津に行ってみたかったのか…。それは、歴史のロマンを感じたから…。
天正10年(1582年)5月、上杉方に属する越中の魚津城は、織田信長の北國探題・柴田勝家の大軍に攻囲されていた。そんな苦境の魚津城救援のため、越後の春日山から上杉景勝が出張ってきた。
当時、上杉景勝は、越後国内で新発田重家に反旗を翻され、西の越中からは柴田軍、南の信州川中島からは同じく織田方の森長可や滝川一益の軍勢に、更に上野方面からは小田原の北条氏政の軍勢に攻め懸けられ、養父謙信の遺領相続後、最大の苦境に立たされていた。後年の会津中納言上杉景勝が、「越後一国で、日本六十余州の兵を一手に引き受け、滅亡するのは死後の思い出」との悲痛な手紙を、常陸の佐竹義信に送ったのもこの時だった。
魚津城は結局、6月3日に落城するのだが、その直前の6月2日、本能寺で織田信長が明智光秀に討たれ、越後の上杉景勝は辛うじて滅亡をまぬかれている。まだ学生だった筆者は、そんな歴史に限りないロマンを感じたもの…。
だがそんなロマンを、自分が年を経た故だろうが、今回の北陸新幹線の旅では全く感じられなかった。年月は人の感性を間違いなく劣化させる。
在来線のローカル線化(第三セクター化されて、JRから切り離されていたためだろうが、せっかく事前に買っていたJRの通し切符は、それらローカル化された地方鉄道では通用しなかった)で、運行スケジュールも1時間に一本程度。車内では、くどいほど「定刻通りに運行している」とのアナウンスが流されていた。
恐らくは、乗客の大半が、新幹線に乗り継ぐ客だからだろう(それ以外は通学の中高生たち)。そんな乗車具合から見て、一般住民が、この不便な鉄道路線を生活手段として常用している、とは信じられなかった。
後で旅館の従業員の人たちに聞くと、「この辺りの人は、自動車を使うから」と、そっけない返事。亦、鉄道の車両も1両ないし2両連結程度のようで、途中駅は無人化されていた。嘗ては北陸本線が通行していた故だろうが、各駅とも異常に長いプラットフォームに、到着する電車は1~2両の短さ…。このちぐはぐが、何とも言えず印象的だった。
***第三セクター化された在来線は、富山県では“あいの風とやま鉄道”、石川県では“IRいしかわ鉄道”、福井県では“ハピライン福井”と呼ぶそうだ。
ここで話の焦点を、日本の将来に向けての人口減少予測/65歳以上の相対的な人口増加予測に戻し、上記で見てきたような、現に今起こりつつある地方の日常生活面での不便さの増大ぶり、と対比してみよう。
繰り返しになるが、前記厚生労働省の社会保障審議会の資料によると、2023年には1億2700万人だった人口が、2070年には8700万人に、4000万人も減ってしまう…。
それに伴って、65歳以上の高齢者人口の比率も28.6%から、47年後には38.3%にまで上昇するとか…。
***この人口減少と高齢化率の相対的増大を、今回旅で経由した福井、石川、富山の3県で概観すると、以下のようになる…。
都道府県 | 2020年 | 2040年 | 2050年 | |
---|---|---|---|---|
富山県 | 人口 | 103万人 | 85万人 | 76万人 |
65歳以上の比率 | 33% | 39% | 41% | |
75歳以上の比率 | 17% | 23% | 27% | |
石川県 | 人口 | 113万人 | 98万人 | 90万人 |
65歳以上の比率 | 30% | 36% | 38% | |
75歳以上の比率 | 15% | 21% | 25% | |
福井県 | 人口 | 77万人 | 64万人 | 57万人 |
65歳以上の比率 | 31% | 38% | 40% | |
75歳以上の比率 | 16% | 22% | 25% |
***上記の県内人口予想伸び率の意味するところは単純だろう。つまり、2020年から2050年の30年間で、3県ではいずれも県民人口に占める65歳以上、或いは75歳以上の比率が、それぞれ8~10ポイントも増える。その結果、3県での65歳以上の高齢者人口比率は4割前後に達する。
ここで更に話の時空を飛ばして、我々の関心を現在の国際情勢に移してみよう。
トランプ大統領の交渉という名の強要で、自動車や鉄鋼などの日本の主力産業が苦境に立たされ、それぞれの企業がそれぞれに異なった方向に向け、対処努力を積み重ね始めている。
例えば、日本製鉄の経営方針は、米国政府の政策と軌を同じくする方向で…、トヨタ自動車は、米国市場向けと中国市場向けの組織や管理システム、或いは人員配置を、まったく別体系にしようとしているように見える等など…。
一方、そのように各日本企業が、後門の“狼少年”トランプ(79歳にもなる老齢指導者を少年に例えるのも妙だが…)の強要に対応して、世界市場とどう向き合うか、色々と努力を重ね、対応策を打ち出してみても、前門には更に、中国企業という、強い虎がいる現実に直面せざるを得ない。
武者リサーチの分析によると、「重厚長大産業は中国の天下で…、中国の粗鋼生産シェアーは2024年で既に世界の53%…、同年の商業用造船の受注の7割は中国が占め、先端産業についても、世界の商業用ドローンの7割を支配…、EVでは6割、バッテリーでも6~7割、ソーラーパネルで8割等など、圧倒的に強者の座を確保済み。
***中国のドローン産業の優秀さについて、米軍も改めてその実態に気づいた、そんな内容の興味深い記事がNYTに出ている(2025年7月13日;A four-day test in the Alaska wilderness shows how far the US. Military and American drone companies lag behind China in the technology)
こうした状況下、2025年7月、トランプ関税を突き付けられている日本の株式市場が想像以上の底堅さを見せた。だがその反面、為替相場では円の一人負け(独歩安)状態も継続中…。
思うに、この円安は日本経済が現在直面している数々の困難を象徴しており、反面、株式市場の底堅さは、それとはまったく別の要因、つまりは米国の株式市場から欧州や米国の一部投資家が、トランプの予測不可能な政策の打ち出し方に、万が一の場合を想定し、資金を、折からの円安を利用して、日本市場に一部振り向けているからで、その動機は価値保全であって、日本企業の将来性に賭けているわけでは決してない…。
直近の日本経済新聞に拠ると、今後の世界経済での各々の国の命運を決するともみられる、情報技術産業の労働生産性では、日本のそれはG-7の中で最悪の結果だったとのこと。
反対に、最大の生産性上昇率を記録したのは米国、次いで英国、更にはイタリアで、ドイツやカナダは横ばいだった(2025年7月20日)。要するに、VISAやMASTER CARDといったクレディット・カード決済などにみられる、日本の“デジタル貿易収支の赤字を生み出す要因”が、情報技術産業分野でも生じている、ということだろう。
つまり、米国の開発した技術を借用してのデジタル化。それ故、その種技術の借用対価を払わねばならず、どうしても儲けの幅が小さくなる。
さて、紙面も尽きて来たので、ここら辺りで、筆者が言いたいことを箇条書きスタイルで以下に提示しておきたい。
その基本主張は、地方再生を論じる場合、これまでのような、“地方での人口減少を前提とした、しかしそれでも猶、若者や女性に選ばれる、稼げる地方づくりを目指す”のではなく、既にそこに住んでいる人たちの快適さを増す方向での、謂わば、現住民にやさしい社会創り、これからも住み続けたい安心のコミュニティー創りを目指す方向での、つまり、高齢化しても生活インフラが悪化せず、むしろ既インフラと同等以上のサービスが享受できる、全く新しいタイプの社会インフラ整備を目指す、そんな地方再生もあってもいいではないか、というもの…。
言い換えれば、賢く縮む時代にふさわしい、社会保障システムの在り方を模索すべきだ、ということになる。そのための財源は、当該地域を訪れる観光客の宿泊代に数%の宿泊税(例えば、一部温泉地が実施しているような温泉税の如きもの)をかけて徴収する。そうして得た税収を、そこに住む人たちの将来のために費やする。
同じ地域内に住む人達の間で、上記のような負担の分担で合意ができないようであれば、そもそもそんな地域の再生自体、どれほど意味のあるものか疑わしくなる。
***上記のような組織、制度、システムの新規開発や統合は、言うは易いが行うは難しい。既得権益とやらが、随所に顔を出すからだ。だが、賢く縮む時代の、新しい社会福祉の概念導入による、そんな改革を行う政治力すらないのなら、地方再生などおぼつかないではないか…。「日本を洗濯する」と言い切る、令和の坂本龍馬は今いずこ…。
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