鷲尾レポート

  • 2025.09.05

トランプ大統領の、新しい7つの顔~第一期政権期との比較での特色~

大昔、戦後生まれの筆者がまだ小学校の低学年だった頃、親父によく映画に連れて行ってもらった。最近、歳取った所為か、そんな時の映画が何の脈絡もなく、頻繁に思い出されて、妙なノスタルジアを感じている。

今回は、そんな思い出を発端・切り口にして、最近のトランプ大統領を、古の日本映画「7つの顔を持つ男」が当時、日本社会で何故人気を博したのか、そうした比喩など用いながら観察してみることにした。

***映画「7つの顔」は、年長の方は覚えておられるだろうが、片岡千恵蔵主演の私立探偵多羅尾伴内の、今にして思うと、「或る時は片目の運転手、またある時は云々」といった風に、自ら7つの顔・職業に変装することで悪人と戦う、荒唐無稽なアクションもの。

戦後、日本に軍国主義が再勃興するのを恐れた占領軍指令部が、映画会社に時代劇の制作を禁じていた頃、敗戦日本の大衆が、現実感抜き、理屈抜に楽しんだ、いわば一種の泡沫的痛快娯楽作品。

***何故、最近のトランプ大統領の行動分析に、筆者のような素人歴史探偵が、日本の嘗ての、多羅尾伴内的現象をトランプ分析の基準に援用しようとするのか…。

理由は極めて単純。そこに、何となしにではあるが、敗戦直後の日本の大衆の鬱積感と、(所得や資産格差の底辺に喘ぐ)米国のMAGA有権者の鬱積とを、ダブらせたくなったからだ…。

言い換えると、日本が失われた30年で苦しんでいる間に、米国の重厚長大型産業従事者も、彼ら特有の失われた30年を体感していたのではないかと…。

要するに、少しこじつけ気味だが、トランプがそうした“忘れ去られた人々”の、鬱積感を刺激する様々な行動を取り、そのAppeal姿勢が、政権2期目のトランプ大統領の、一期目とは異なる7つの、それぞれに違った顔(特徴)を齎している。その7つの顔とは、筆者流に記述すれば、概ね以下のようなものになる…。

  1. 第一期政権の人事大失敗の猛省故、今回は、その轍を踏まぬよう、己への忠誠を徹底的に重視・追求した閣僚・ホワイト・ハウス人事。人事権に制約を受けないOwner経営者の顔。
  2. その反面、嘗て己が製作にも関与した、NBCテレビのリアリティー番組“Apprentice”を地で行く、“You are fired”(お前は首だ)という言葉の連発、つまり己が持つと信じる権限の最大限発動。結果、トランプ大統領は今や、米国一の解雇・首切り王。十分な理由も示さず、何十人、何百人、或いは、何千人の連邦政府職員の首を切ったことか…。少し週刊誌風に言うと、日本の江戸時代の、首切り山田浅右衛門としての顔。しかし、多くの権威ある人物や政府高官を、バッサリと首にする、そんなトランプ浅右衛門の姿に、社会の底辺層は密やかに喝采を叫んでいる。
  3. 全ての免罪符は、大義名分としてのMake America Great Again(徹底的にMeismを追求)という標語。そのスローガンをかざして、米国経済再生の道を示すという、伝道師としての顔。
  4. その大義を唯一の旗印に、自分を争点にせず、常に相手を争点とする姿勢(攻撃こそ最大の防御)で、“交渉相手”を攻めまくる。そんな“攻め手の大将”の顔。
  5. 交渉は、常に強い立場から行うこと(力の信奉。持てる力は、行使して始めて意義を持つ)に徹する。強者にのみ許される、相手に覆いかぶさるような圧力賦課を好む、謂わばサド的プロレスラーの顔。
  6. “神がかり”にも似た、勘に基づく政策決定(仕掛けるのは、未だ傾向が不鮮明な 内に…。予測不可能な行動こそ有効だとの信念。つまり、自分が動くことで情勢が熟成されるのだと…)を真髄とする、それ故、出て来る統計を見て判断するエコノミスト(含むFRB の各理事たち)を忌み嫌う、確信的ギャンブラーの顔。
  7. 最後の振り付けは、天性のShowmanshipを発揮する、芸人の顔(人々に知られてこそ、価値が芽生えるとの、強烈な自己承認欲求)。

(1)に関連して

第一期目、トランプは未だ政治に確たる基盤を持たず、初当選しても、共和党主流の勢力から、色々な伝手で人材を自らの閣内や、ホワイト・ハウス内に取り込まざるを得なかった、それ故、そうした勢力から、自己が考える政策の実行を阻まれ、挙げ句の果て、閣内に多くの反対者を抱える羽目になり、その多くを放逐せざるを得ない、そんな組織管理の不備に悩まされた…。<

トランプは、そんな苦い経験を今回は繰り返さないと強く決意していた。だから、実現させたいと目指した第一の顔は、共和党の大株主、ホワイト・ハウスの、文字通りのOwnerとしての顔だった

***拙稿で何度も使った、ワシントンポストのコラムニスト、ボブ・ウッドワードの第一期トランプ政権回顧本“Fear, Trump in the White House”によると、当時の側近たちはいずれも、トランプの性格を「自分の関心事にしか、興味を示さない」、「一種のひらめきで物事をやるのが好き」、「自分を情熱的でプラス思考の人間だと思い込んでいる」、「感情的になりやすく、気まぐれで予測不能」、「イエスという返事を得るためには、したたかでノーと言える度胸がなければならない、と思い込んでいる」。

そうした彼の性格故、「トランプと近くなればなる程、関係は遠のいて行く」などと記述、著者ウッドワードは、「第一次トランプ政権の高官で、その後、彼が訴訟まみれになったとき、誰一人、表立ってトランプ擁護の論陣を張った人間がいない」と酷評していた。

***恐らく、己が力を失ったとき、嘗ての取り巻きが霧散した実態を、今のトランプは鮮明に覚えている。亦、そもそも己が第一期政権時、ホワイト・ハウスで孤立した経験を、トラウマとして、今も胸中に抱え込んでいる。

それ故、長い選挙戦と、重厚長大型製造業従事者、つまり“忘れ去られた人々”を、自らの信徒にも比すべき、かけがえのない忠実な岩盤支持層に取り込んだ、今のトランプにとって、彼らの固い支持を有効に使い、真っ先に共和党内を牛耳り、亦、2期目の政権内を己一人の一強体制で固めきる。

それがPresident-electとして、再選直後に真っ先にやるべき目標となった。

2期目政権を、どうすれば己の息のかかった陣容と為せるか…。そうした組織固めのため、不遇の時代、或いは苦しかった選挙戦の過程を通じて、常に自分の下を離れなかった、Susie Wiles女史を首席補佐官に抜擢、政権内部の人事や事務一切を執り行わせることとし、加えて、政策立案面や当該政策の実行面では、これまた己の裁判期間中にも、忠実にトランプを支え抜いた、Stephen Millerを大統領次席補佐官に任じ、その彼に、不法移民対策実施の旗を振らせ、亦、バイデン政権下で浸透していた連邦政府内のDiversity容認に向けたイニシアティを解体させ、更に、世界保健機構WHOからの米国の脱退等の手続きを取らせる等など、数多くの、初期の政策の舵取り役を一任した。

NBCニュースのコメンテーターは、こうしたMillerの役割を”I don’t know that there is any policy area where Miller’s guidance is not sought. The President might not always go with exactly what Miller wants, but his input is always listened to”とコメントしている(2025年5月16日)。

(2)多くの、“バイデン任用高官達”の首切り役の顔

共和党保守派が好む、大きくなり過ぎた連邦政府の規模の大幅縮小。

これには当初、イーロン・マスクが率いる政府効率化省を以て当たらせ、マスクとの関係がこじれ始めると、今度は、それぞれの省庁を所管させた担当の長官を以て、事に当たらせた。

筆者の能力不足故、各省庁の直近の高官解雇の実態把握にまでは手が回っていないが、トランプ就任直後の解雇旋風のすざまじさは、筆舌に尽くしがたいものだった。

連邦職員の解雇に際し、先ず対象に挙げたのは、戦後数多く設立された独立機関、例えばEqual Employment Opportunity Commissionや各省庁のInspector General 等…。

彼らは、当該組織でトップ層を形成する、いわば権威と名誉と報酬に守られた、聖域職。その多くが、連邦議会の承認で就任するケースが多い。それ故、理屈上では、そう簡単に首を切れないはずだが、トランプは、そんな手続きを無視して、強い立場から彼らの解雇―実態的には自発的辞任―を求めたのだった

解雇されたのは、そうした高官ばかりではない。事務を担う一般職員も亦、多く自発的辞任に追いやられている。

いずれにせよ、全米で連邦政府から職を得ている職員は300万人を超えるといわれる。雇用規模からいって、連邦政府は全米第15位の雇用主。そこにトランプは、二期目就任直後に大鉈を振るったのだ。

***試みに、トランプが大統領に返り咲いた直後、どのような機関の幹部たちに、辞任要求を突き付けたか、少し古くなるが、筆者手元のAP通信の資料から、その幾つかを下記に例示しておこう。

  • Equal Employment Opportunity Commission……バイデン大統領任命のBurrows委員長、並びにSamuels 委員を解任(形式的には、彼らの方からの自主的辞任:以下同じ)。
  • 各省庁のInspecter General達……政権復帰の初期、トランプは少なくとも17名、つまり17省庁で、それぞれ会計検査など要路にある検査責任者を解任している(実質は、求められての自発的辞任)。
  • Federal Prosecutors……政権が変わると、政治任命の連邦検事達が入れ替わるのは毎度のことだが、今回は、そんな政治任命者だけではなく、彼らの下で働いていた、実務担当の、もっぱらトランプ大統領案件に従事していた、検事補たちをも解雇している。
  • National Security Council……同councilで働いていた実務者クラス200名近くを解雇・入れ替え。
  • 国務省……第二次トランプ政権発足と同時に、新政権側の辞職要求に応じて、多くが離職。
  • Foreign Aid and Development……70~80名が辞職。
  • National Labor Relations Board……Board Memberの一人、黒人女性のGwynne Wilcox委員長代理(任期は2028年8月まで)を、トランプ大統領は解雇。但し、Wilcox委員は裁判所に解雇無効を提訴。

***上記以外にも、Department of Veterans Affairs, Environmental Protection Agency, Health and Human Services, Consumer Financial Protection Bureau, US Department of Agriculture, Department of Education等など。

亦、それら以外に、各機関のトップが、トランプの意を呈し、自らの発意で一般職員を解雇した、そんな行政機関・独立委員会などは列挙に限りがない。

***8月に入ってからも、トランプ大統領は、政府高官(多くはバイデン任用)の首を切り続けている。例えば、労働省の雇用統計公表の責任者Erika McEntarfer局長、FRBのLisa Cook 理事(彼女は裁判で係争の意思を示している)、厚生省のThe Center for Disease Control and Prevention のSusan Monarez局長等など。

鉄道規制監督官Robert Primusに至っては、出勤しても机上の電話が通じないことで、初めて己の解雇を知ったとか…。

(3)Make America Great Againという目標の追求に関連して

この標語は、第二期トランプ政権の根本命題を表すもの。トランプ教徒はこのスローガンを信じ、それ故、教祖トランプもこの命題から離れられない

今後、課題になりつつある、本格的対中DEALの段階でも、その結果の在り様が、このスローガンと相反するものになってしまうようであれば、それはトランプ大統領にとって、致命的なミスとなる可能性大

この点で注意すべきは、第二期政権発足当初こそ足並みが揃っていた、ホワイト・ハウス内でのMAGA派と対中強硬派の連帯が、トランプが対中Dealを求め始めた頃より、次第に足並みが揃わなくなりつつあるように思われる点だろう(要は、対中強硬派のホワイト・ハウス内での勢力後退:こうした指摘はもっぱら、英Economistが行っている:2025年4月頃から)。

対中強硬派の力が後退する、その切っ掛けとなったのは、Mike Waltz国家安全保障担当補佐官(当時)の大失態。彼は、周知のとおり、イエメンのフーシ派への米軍の攻撃準備を、政権幹部をメンバーとするSignalのチャットで情報共有しようとしたが、あろうことか、その招待者の中に雑誌The Atlanticの編集長か含まれていた。

Walts補佐官に対しては、それ以前から保守派のブロガーLaura Loomer女史が盛んにその不適格性を言い立てていたが、その予言が的中したという、お粗末な結末。

トランプ大統領は、Waltz補佐官を国連大使に転出させるとの名目で更迭(2025年5月1日)、当面の国家安全保障担当補佐官職を、ルビオ国務長官に兼任させる処置で、事態を鎮静化させた。

***この構想の前段は…。当初、国連大使にはニューヨーク選出の共和党女性下院議員が指名されていたが、ここで共和党の下院議員を一名減らすと、唯でさえ僅差の議会下院共和党の多数派の立場が、一層弱体化するので、彼女の指名は3月に取り消されていた。

その空席となっていた人事を、トランプはWaltzを鞍替えさせることで埋めようとした。

***Waltzの国連大使任命に向けた上院での承認に関しては、7月24日、上院外交委員会が賛成12票、反対10票で可決、後は上院本会議での承認待ちの状態。

上院は、Waltz 承認の日程を決める前に、夏季休会入りしており、休暇明けの審議再開(9月2日)後、彼の人事承認が進むものとみられる。

***上院外交委員会での可決の際にも、筆者の眼には、米国政治上でよく観られる裏Deal 取引が行われたように見えて仕方がない。

発端は共和党Rand Paul 上院議員(KY)の反対から…。彼はWaltzが下院議員時代、トランプ政権のアフガニスタンからの米軍撤退決定の際、その決断に反対し、米軍をアフガニスタンに留め置くよう試みた。

この点、後にトランプ弾劾に賛成する立場を取ったLiz Cheney下院議員(当時)に同調したわけだが、要は、Rand上院議員は、その時のWaltz下院議員の行動ぶりに、今回、疑念の意を表明、戦争開始の時には連邦議会が大統領決定に関与するのは当然だが、戦争を終わらせる際には、議会がそこまで関与するのは大統領権限を脅かすもの。

議会の過剰関与だと、当時のWaltz 判断を以て、今後の国連大使としての彼の資質に疑念を表明したわけだ。

そうした状況を上手く利用したのが、民主党のJeanne Shaheen上院議員(NH)。上院外交委員会での共和党優位は12対10、共和党から賛成票が1票反対票に回るだけで、票数は11票対11票。同数では、この指名は外交委員会から本会議に持ち出せなくなる。

こうした状況を、今度は民主党のShaheen議員が、恐らくは民主党指導部と相談の上だろうが、ナイジェリアとハイチへの災害緊急支援(これはトランプ政権の海外援助一斉停止の指示で、凍結されていた)の、凍結解除を国務省から引き出すことを条件に、Waltz 賛成に回ることを示唆、結果、国務省から、当該2国向け災害緊急支援停止は解除する旨の一札を手に入れ、指名に賛成に…。

結局、国連大使指名に最低限必要な、賛成12票(共和党11票+民主党Shaheen票)、反対10票(民主党9票+共和党Rand票)が成り立った次第。

これなど、裏から深読みすれば、どうせ最終的にはWaltz 指名は成立すると見越し、民主党としても、トランプの海外援助凍結に、譬え小さくとも、一穴を開けることが出来れば成功と目論見、仕組んだ芝居なのではないか…。

こうした例を何度も自分の眼で観ていると、トランプ大統領が、米国の政治と行政の、何とも言えぬ綾から生まれたこの種の作為的因果を、不信の眼で凝視、闇の政府が自分を陥れている、との疑念に凝り固まって行ったのも、何とはなく、わかるような気がして来るではないか…。

いずれにせよ、米国政治には、この種の裏の取り引きエピソードが蔓延している。

少し話がそれたが、本筋の問題は、Waltzが去った後のホワイト・ハウス内で国家安全保障の見地から、対中強硬の姿勢を取る人物がルビオ国務長官一人になってしまっていること。

***ホワイト・ハウスの国家安全保障局NSCは、Waltz騒動を機に、またもや、解雇の嵐に見舞われ、陣容はますます弱体化してしまった。弱体化の背景には、トランプ自身のNSC不信が色濃く反映されている。

国家安全保障担当補佐官は議会承認人事ではなく、トランプが一存で仕切れるポスト、その気になればいつでも補充出来るはずなのに、9月初旬現在、未だその動きを見せていないのは、結局、NSCは小難しい議論をこね回し、己がやろうとする外交(典型的には対中交渉)の歯止めになりかねないと、トランプ自身が考えている所為ではなかろうか…

折しもそんな時、中国の習近平主席とトランプ大統領の電話会談が行われたのだが、その場に、対中強硬派で、役職上は陪席していても当然の、ルビオ国務長官兼安全保障担当大統領補佐官が出ていない。

事実、直近、対中DEAL絡みの話になると、財務長官や商務長官が前面に出て来るケースが多くなり、ルビオ国務長官等、China Hawksの出番が減っている、そんな傾向を、前記の英Economistは推測して、対中強硬派後退の根拠にしているのだろう…。

それ故、トランプの意思決定周辺における対中強硬派の縮小が、MAGA派の期待する対中強硬路線を弱め、当初の硬派路線から、今後、相当ずれて来るようだと、トランプは知らないうちに墓穴を掘ることにもなりかねない。

何しろ、対中強硬は、2016年の第一期政権前の選挙戦以来、トランプの十八番の主張であり、“忘れ去られた人々”を結束させてきた魔法の言葉なのだから…。

そして、米国の底辺層にずり落ちそうになっている人々も、敗戦直後の日本の大衆と同様、現実感なき、理屈抜きの、トランプの対中強硬姿勢に熱狂的支持を与えているのだから…

***尤も、此処に来て、China Hawksへの解釈が少し変わり始めている。トランプ自身を伝統的な対中強硬派ではないとする見方が出てきているからだ。

典型例は、「トランプ自身が、中国と米国は、違う国だと認識しており、究極的には、世界の中で米国、中国、ロシアの3大国が、世界秩序を担う構図を描き始めた」との分析等だろう(NYT, Trump’s Vision: One World, Three Powers? ;2025年5月26日)。米国を、未来にいざなう伝道師としては、それも当然だと、トランプは言うだろうが…。

***このNYTの記事は、北京やモスクワでも、結構注目されている模様。ロシアや中国にとっても、そうあって欲しいとの潜在願望に沿う記事であるからだろうが…

(4)、(5)、(7)に関しては、これまでの拙稿で、たびたび触れてきたので、以下は、重複を避けるため、ごく簡単に触れるに止める。

(4)交渉になれば、「押して、押して、押しまくろうとするだろう」、という点に関して

この、攻撃の鬼のような司令官の顔は、既に、世界を相手とした関税戦争で実証済み。それ故、多くを語る必要もあるまい。

米国経済が苦境に陥っているのも、この間、産業政策とやらで、自国の国内需要以上に生産能力を増やし続けた対米輸出黒字国、そして、そうした黒字国の存在をいつまでも容認し続けた、これまでの米国の政権が悪い」。

だから、トランプ曰く、“Trade is Bad, Tariff is Beautiful”なのだ…。

(5)交渉は常に強い立場から行うべし

このスローガン(Negotiation through strength)は、米国外交分野では、常に言い伝えられていた、その意味では伝統的なものだろう。但し、これまでは、この姿勢は軍事面での交渉姿勢に限られていた。

経済面では、そんな標語を必要としない程、米国経済は強かった…。1980年代から90年代についての、日米通商摩擦は、米国経済が戦後初めて、他国(日本)に追い詰められた、そんな意味では、経済的ゆとりをなくした時の経験。

そんな米国のトランプが、この標語を経済外交に全面的に使い始めたのは、裏を返せば、それだけ米国経済(製造業)の対外競争力が落ちたからに他ならない。

だからこその、遅まきの“Manufacturing Renaissance”(トランプの製造業復権の公約)なのだ。

(7)「トランプ自身の対外アピール好き」に関して

この項についは、トランプ自伝の「自分を宣伝する」の項の中から、何か所かを転載しておけば足りるはずだ。

例えば、「…どんな素晴らしい商品を作っても、世間に知られなければ価値はないに等しい」、「必要なのは、人々の興味を引き、関心を集めることだ」、「宣伝の最後の仕上げは、はったりだ。人は自分では大きく考えないかもしれないが、大きく考える人を見ると興奮する。

だからある程度の誇張は望ましい。私はこれを、真実の誇張と呼ぶ」等など…。誇大広告をしても何ら恥じない、芸人としての顔が、そこには垣間見られるのだはなかろうか…。

***トランプ大統領は、2期目の就任演説の中で何と言ったか…。

拙稿2025年2月5日の一部だけを切り抜き、ここに転載しておこう。”Our government confronts a crisis of Trust…For many years, a radical and corrupt establishment has extracted power and wealth from our citizens while the pillars of our society lay broken and seemingly in complete disrepair…”と、問題意識を述べ、「だから米国製造業は再生されねばならない」との、己の伝道師としての役割を強調した上で、アメリカを再び偉大にするために、「私は神の助けで暗殺から逃れ得た」、つまり、“I was saved by God ”と、自慢げに宣言したのだった。

(6)確信的ギャンブラーの顔について

再び、この項でも、彼の伝記からの抜粋から始めたい。曰く、「取引を上手く行う能力は、生まれついてのものだと思う…多少の知力は要するが、一大事なのは勘だ…勘がなければ、成功は覚束ない…」。だが、勘とは何か…。

“勘”を研究した、戦前の学者・黒田亮教授によると、勘とは、「禅の悟りや剣法の極意、芸能における名人芸等に観られる、“いわく言い難い”何か」で、意識の要請と下意識(無意識)の双方からの働きで、その場、その局面で、知らず知らずのうちに、我が身に生じるものだという。

あたかもそれは、剣豪の身体が敵の刃の下で、自然に動くように…。或いは、禅の習得者が、いつの間にか心身脱落しているように…。

実は、こう書いても、書いている筆者自身が余りわかっていないのだが、唯一つ分かっているのは、「或る重大な局面で、自分が動くことによって、流れが変わることがある」という事実だろう。行政を担う当局者が、左を見るか、右を見るかで、次の一手が変わってくる。

謂わば、そんな事例の一つや二つ、誰でも体験しているはずだろう…。

昔、筆者がまだ子供の頃に読んだ、徳富蘇峰の「近世日本国民史」、その幕末編の中に、次のような一文があった。曰く「事を成すは人にあり。人を動かすは勢いにあり。而して、勢いを作り出すのも亦、人なり」。

筆者の勝手な思い込みだが、トランプは眞に、この言葉を体得していると自負しているのではないか…。事態が右の方に動くか、或いは左の方に動くか、その瞬間、もし左の方に事態を勧めたいとの想いを持つ、当の本人が、だから左を向くとしたら…。

こうした考えを伸延させれば、例えば、世界が相互関税にひれ伏している今こそ、金利を下げる絶好のチャンス、このチャンスを逃すと、物価が上がり、それから行動を起こしても既に遅い。金融のプロたちは、何故そんなこともわからないのか、と…。

トランプのFRBパウエル議長への不信感は、眞に、こんな感情から発しているに違いない。

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