トランプ流交渉の成果とは…~ファジーな合意、詳細の不明、だから、約束を果たさなければ再び関税率を上げるとの脅し言葉が続く~
米国とEUは7月27日、交渉妥結期限として設定されていた8月1日を前に、懸案の関税交渉で合意に達した。尤も、その詳細な内容は、日米合意の場合と同様に、余り明らかになっていない。
そんな状況下、米国側・EU側がそれぞれ別個に説明する合意の内容を、既に合意していた米日との合意内容と敢えて比べると、下段のようになるという(日本経済新聞:2025年7月29日掲載)。この表を見ると、米国と日本、米国とEU、それぞれで合意された内容の、相互の主張の違いというか、或いは、当事者毎に謳い上げる、合意の成果なるものが異なり、それ故、合意内容の曖昧さが逆に否応なく目に留まる。
米国側説明 | EU側説明 | 日米間での合意内容 | |
---|---|---|---|
相互関税率 | 15% | 15% | 15% |
自動車 | 15% | 直後の言及なし | 15% |
航空機・関連部品 | 直後の言及なし | お互いに0% | 直後の言及なし |
半導体や医薬品 | 医薬品は合意対象外 | 当面15% | 日本を他国より不利には扱わない |
鉄鋼・アルミ | 50%を維持 | 低関税の輸入枠設定 | 50%を維持(合意対象外) |
対米投資 | 6,000億ドル超 | 民間の投資計画ベース | 政府系金融機関が最大5,500億ドルを出資・融資・融資保証 |
米国側説明 | EU側説明 | 日米間での合意内容 | |
---|---|---|---|
購入 | 7,500億ドル | 年間2,500億ドル 3年間 |
アラスカLNG開発 検討 |
米国製防衛整備品 | EUが購入 | 合意の声明には含まれず | 現行計画内で購入 |
***トランプ大統領は7月31日、「相互関税交渉で合意に達した国々への、合意税率を8月7日から発効させる」旨の大統領令に正式署名している。
いずれにせよ、今回の米国の、対日、対EUとの合意の(直後の)発表では、交渉当事者双方が共同認識の形で、合意内容を確認する形は採られていない。つまり、交渉国双方が別々に合意内容を国内向けに説明する。それが、今回の、米国と各国との一連の関税交渉合意発表の特色。
だとすれば、素人の深読みを許されれば、合意はあくまでも枠組みの段階にとどまっており、詳細(例えば、商品分類の厳密な検証、米国の自動車ラベリング法との関連等など)が必ずしも十二分に詰まっていないのではないか…。或いは、意図的にぼやかされている…。
要は、細目はいずれも、“合意”実施の、これからの流れの中で決まって行くのだと…。言い換えると、そこにはもっぱら当事者間で、詳細の詰めに入れない、だから文章化できない事情があるように思われる…。
***米国とカナダ・メキシコとの自由貿易協定の枠組み内で制定されている、米国の自動車ラベリング法では、自動車に組み込まれる外国製部品の価値を合算し、大きなウエイトを占める上位2か国を特定しなければならない云々と定められている。
今回の相互関税合意の際、こうした規定がどう扱われるのか不鮮明。扱われ方次第では、メキシコやカナダに自社の組み立て工場を分散させている米国メーカー(日本のメーカーの場合も事情は同じ)が、例えば日本から完成車を輸入する日本メーカーと比べ、不利になる可能性等が十分に考えられる…。
そのためだろうが、米国の自動車社メーカーはこぞって、日米の自動車関税合意(税率15%)に反対している。こうした諸点が、実施細目を詰める際、どう扱われることになるのだろうか…。
上記で述べた、詳細の詰めに入れないという事情に話を戻せば、例えば、米国では、合意の最終内容はトランプ自身が決めている。だから、トランプ政権内の側近が、殊更必要以上に細目を詰めて大統領に挙げても、当の大統領がその詳細案を一蹴すれば、交渉は頓挫する。
或いは逆に、そのトランプが、そろそろ関税を巡る同盟各国との軋轢に終止符を打ちたいと思い始めており、そんな時に側近が、手続き上、必要だからと細目を詰めても、その細目合意がトランプの気に入らない可能性もある。
そうなれば、それまで積み上げた合意努力がすべて無に帰す。つまり、内情がそんな有様だからこそ、側近たちは大統領自らの決定に全てを委ねざるを得なくなっている。言い換えると、最終決定プロセスに、側近たちが口を挟む余地が余りない…。だからファジーにせざるを得ないのだと…。
事情は恐らく、EU内部に於いても同じだろう。周知のように、EUと一口で言っても、加盟各国の産業構造は互いに異なっており、今回の対米合意でも、加盟各国にとっては、合意の損得収支は相当に違っているはず…。
だからこそ、EUも亦、合意発表時点で詳細を書き込めなかったのだ。EU内部の調整が、十分に行われていないが故に…。
***尤も、そのEUも、米国との合意内容を、今後、出来るだけ詳細に詰める努力を継続するとのことで、例えば自動車関税などでは、EUの、米国からの自動車輸入には、関税率を当面2.5%にまで引き下げ、将来的にはゼロにするとか…(しかし、自動車生産主要国のドイツと、ワインの主要輸出国フランス等との間の調整が如何に困難か…亦、米国からの工業品の輸入には、将来、関税率ゼロを目指すというが【日本経済新聞2025年7月30日】、こうした関税率撤廃などでは、EU域内諸国の調整が大変であろうこと、容易に予見出来る話ではないか…)。
そんな内々の複雑さ(とりわけ米国内)がわかるからこそ、交渉相手の日本やEUは、敢えてそのファジーさの中で、当面、関税紛争の早期鎮静化を図ろうとした…。そして、そんなファジーな状態であるからこそ、米国各閣僚は、日本やその他の交渉合意国に、もし合意が実行されなければ、関税率を元の高率に戻すとの、脅迫もどきの言葉を付け加えざるを得ないのではないの…(ベッセント財務長官の対日発言等など:米フォックス・ニュース)。
上記のような推測を交えて、例えば日米交渉の後、何が起こったか、その実態を見直してみると…。
ホワイトハウスは、交渉合意の発表文の中で、例えば次のように成果を誇示している。
『…日本は、米国が主導する形で5500億ドルを戦略的な米国産業の再建に投資する…これは、世界史上最大の投資コミットであり、数十万の雇用を創出し、製造業を活性化させ、米国に長期的な繁栄をもたらすだろう…投資対象分野は、エネルギーインフラとその生産分野(LNG、高度な燃料、電力網の近代化)…半導体の製造と研究(設計から製造までの米国内能力の再構築)…重要鉱物の採掘と精錬…医薬品・医療品の生産(外国依存からの脱却)…商用及び防衛用の造船(新しい造船所や既存施設の近代化)等など…。
この仕組みでは、米国が利益の90%を確保し、米国に最大の恩恵が齎されるよう設計されている…』
筆者のような、交渉の内実を知らない人間が、上記のような米政府公表文書を目にし、例えばラトニック商務長官の次のような説明を耳にすれば、それが実際の交渉内容なのか、首をかしげざるを得ない。
***ラトニック商務長官は、ブルームバーグのテレビ・インタビューで、概要次のように述べている。「…トランプ関税15%を巡る対日交渉は、とんでもなく米国に有利な取引だった…。
トランプ大統領が、例えば半導体や医薬品等、安全保障上重要な産業を選べば、日本が資金を調達して支援する…。その利益は、9割を米国に、1割を日本に配分する…それが、日本が市場を開放しない代わりに、トランプ大統領が得た日本からの公約だった…」。
テレビの女性アナウンサーが、「石破総理は、それは融資だと言っているようだが…」としつこく質問しても、ラトニック長官は「融資・保証以上のものだ」と強弁していた。亦、同アナウンサーが「資金の受益者は日本企業ではないのか…」と質問しても、ラトニック長官は「日本企業に限らない。金融機関でもプロジェクトの実施者でも、色々あり得る…」との返答。
こんな説明を長々と聞けば、多くの日本人は、「何故、そんな合意を日本はしたのだ」と、逆に頭にくるではないか…。
尤も、上記ラトニック発言が示すような、米国側に都合の良い説明に対しは、赤沢経済財政・再生大臣はNHKの番組の中で、次のように“さらっと”切って捨てている。
「日本側が提供する出資・融資・融資保証5500億ドルの内、出資の形態は1~2%程度に過ぎない。
金額ベースで見れば、500億ドル程度…出資分の利益配分は、日米で半々と提案したが、交渉で1対9となったが、しかし、失ったのはせいぜい数百億円の下の方…、交渉合意で関税の引き下げが実現出来たので、さもなければ損失していたはずの10兆円に比べると(十分に元は取れている)…この損得ベースの成果は、トランプ政権の期間内に出す…」。「投資にせよ、関税にせよ、実施の工程管理が大切…。そこはしっかりやる」…。
こうした説明を聞けば、ラトニックなどの発言より、よほどしっかりしていると安堵の感情もわくというもの…。事実、日本政府は、関税合意を巡る進捗管理の体制づくりを急ピッチで構築し始めている(日本経済新聞」2025年7月29日等)。
***尤も、nationalisticな感情からすると、それでも「米国9対日本1、はないだろう」との思いは強くするが…。
だが、問題は、某野党議員がいみじくも述べているように、米国側当事者自身も、全てがトランプ次第との態度のように見え、そのトランプが後日、卓袱台返しをする可能性もあり、今後の推移は依然不安定なのでは、と案じられもする点…。
そうならないため、日本側は、上記のような体制を整備し、口に出した対米誓約をしっかり果たし、その実行を以って、逆に米側にも、合意の履行を促そうとしているのだろうが、そうした立場そのものが、結局は、トランプ流交渉術の術策にはまったようなものではないかと、へそ曲りの筆者などは思ってしまう。
真に、トランプ流自己勝手な交渉術、迷惑なこと限りがない。
勿論、筆者としても、トランプ側にもそうした態度を取りたい理由があることは十分わかっているつもり…。第二次大戦後、自由世界の盟主として、米国に言わせれば、それなりの代償を払ってきたのだから…。
GATT発足の1948年、米国は戦後の世界経済を再生させるため、自国の関税率を5%台にまで引き下げ、それ以降も、主要国を相手に関税引き下げ交渉を展開してきた。
だがその間、最初は日独が、1980年代以降は中国が、それぞれに産業政策を大規模展開、国内に、或る意味、一国経済としては過剰な生産能力を整備するようになり、米国市場がその過剰分の吸収場に位置付けられ、為に、米国は恒常的な貿易赤字国に転落、それに対して、日独中などは、国内消費を増やさず、その裏現象として、貿易黒字が累積して行ったからだと…。
トランプ大統領は数か月前、自分の後継候補は誰かと問われた際、バンス副大統領とルビオ国務長官の名を挙げたが、その両者に経済政策(とりわけ関税政策)で大きな影響を与えているとされる、保守派のエコノミストOren CassはYou Tubeの場などを使って、Free Trade Can not Rebuild Americaとか、Tariff Wins to Play等の主張を積極展開してきた。
その論理は、経済が台頭した国々が採用してきた産業政策は、企業に代わって国が直接資本を投下するもので、必然的に経済の規模は大きくなる。それ故、何時とはなしに、国内生産は過剰化し、供給過多故に、輸入価格に比して輸出価格が伸び悩むことが一般化する(交易条件が悪化する)。
つまり、こうした産業政策実施国からの対米輸出は、輸出国での過剰生産故、必然的に低価格化し、その商品が米国市場に入ってくると、米国製造業の価格競争力を劣化させ、ために米国内産業は淘汰されかねない。こうした状況に対応する手段、それが輸入関税の賦課だと論じる。
極端な言い換えを許されるなら、相手国の大規模な産業政策に米国が対抗するには、それと同等なほどの経済効果を有する関税の引き上げこそが有効、というわけだ…。
このようなOren Cass流の考え方に同調する、トランプ側近たちは、「中国の産業政策に対し、バイデンは同じ産業政策で立ち向かおうとした」が、それは効果がなく、「むしろトランプ流の輸入関税を武器にするのが適正だ」と主張するわけだ。
亦、対米貿易の大幅な黒字国(日本やEU、それに中国、或いはアジアの国々)に、それらの黒字幅に合わせる形で、相互関税をかけるのは当然だ、とも…。
トランプの政策は、これまで欧米の大学などで習ってきた、自由主義的市場経済の従来理論(輸入関税の引き上げは、米国市場での輸入品の価格上昇を伴い、米国内の物価は上昇するだろう:自由貿易は善、保護貿易は悪)と真っ向から衝突する…。
だから、米国で少しでも物価が上がり、経済減速の兆しが見えると、リベラルなメディアは、まるで鬼の首を取ったような記事の書き方になりがち(例えば、US Economy Slowed in First Half of 2025 as Tariffs Scrambled Data: NYT2025年7月30日)。
ところが実際には、トランプ関税の影響(物価上昇)は未だ出てはいない。だから、これ程までに大きな衝撃を国際社会・国際経済に与えているトランプ大統領の政策に対し、米国有権者の支持は、米国のリベラル・メディアが期待するほどには、落ち込んでいない。
直近のReal Clear Polling Data(7月16日~30日に実施された、各種世論調査の平均値)によると、トランプ支持率は46.3%、対して不支持率は51.4%。依然として、トランプ信者たる、重厚長大産業従事者(忘れ去られた人々)と、金融経済を上手く操る金満層の支持が、これまで同様、固く結合され、その岩盤基盤が継続されている様が伺える結果となっている。
だが、トランプとて馬鹿ではない。このまま関税を巡る事態を放置すると、国内物価がいずれ上昇し始めることぐらいは先刻承知。彼によると、問題は手を打つタイミングなのだ。故に、トランプは、米国連邦制度理事会のパウエル議長に、”Now is the time to lower the interest rate”と発破をかけるが、パウエル議長は頑として動かない。
ここで思い出すのは、筆者が再三引用するトランプ自伝(The Art of The Deal)。
同書の中でトランプは次のように記述する。「市場に対する勘の働く人と、働かない人がいる…私は、複雑な計算をし、最新技術によるマーケット・リサーチをする専門家をあまり信用しない…私は自分で調査し、自分で結論を出す…彼ら専門家は、大衆が何を望んでいるかがわかっていない…そして彼らも亦、他の人達と同じように、結局は世論に左右される」。
今、ここでの専門家をパウエル議長と置き換えると、トランプ大統領が、各種統計から今を読み取ろうとするパウエル流アプローチを好んでいないことは明白。
だからこそ、直近、連邦予算の使い方を実際に自分の眼で見るという名分で、わざわざ連邦準備制度本部の補修建設現場を訪れ、メディアの前でパウエル議長に現場を直接案内させるとともに、建設コストがかかり過ぎていると公然と苦情を述べ、同時に、早く金利を下げろと督促する。
こんな、マスメディアの前での仕草やパーフォーマンスが、“忘れ去られた人々”の間での、トランプ人気を否応なく高めるであろうことを承知の上で…、且つ、後日、金利を引き下げなければならなくなった際、だからあの時に言っておいたではないかと、パウエル議長を責めてスケープゴートに仕上げるための、事前準備として…。
こうしたトランプ大統領の、色々な思惑含みのパーフォーマンスを観察していると、トランプ大統領のマスコミ、延いては人心掌握術の巧さに、否応なく唸ってしまう。
毎回の引用で恐縮するが、トランプ自伝に次のような言葉がある。「フランク・シナトラに劣らない美声の持ち主は世の中には沢山いるが、誰にも知られなければ自宅のガレージで歌っているだけだ…必要なのは、人々の興味を引き、関心を集めることだ…マスコミについて私が学んだのは、彼らはいつも記事に飢えており、センセーショナルな話程受けるということ…だからマスコミには、積極的に話をするが、インタビューに応じる時は、なるべき短時間で終わらせるようにしている」云々…。
最後に、併せて指摘しておくべきは、トランプの各種関税合意の中にも、それなりの理由付けが、一応は通っているという点。
例えば、一連の交渉の結果、交渉相手国(含む中東諸国)の多くが、米国からの航空機輸入を誓約したが、そんな実情をNYTはBoeing Emerges as a Winner in Trump’s Trade Warsという記事(2025年7月25日)の中に書き込んでいるし、亦、鉄鋼・アルミ関税率を50%、もしくは合意対象外商品として位置付け、米国への輸入に依然高いハードルを設けたままにしてある点などに関しては、同じくNYTはThe World Has Too Much Steel, but No One Wants to Stop Making Itという記事の中で、その必要性を指摘している(同じく2025年7 月25日)。
政治は生き物、と同時に経済も生き物…。トランプが同盟諸国との関税交渉を一応ここらで止め、これからはロシアや中国との間での、新型国際関係確立交渉に一層の意を払いたいと思っても、タイミングを同じくして関税引き上げの影響で、輸入品の価格が“じわじわと”上がり始める、そんな事が仮に起これば…。
今トランプが一番避けたいと思っているのは、これから歴史的DEALをロシアや中国としようとするとき、その足元を米国でのインフレ再発が払ってしまう事態なのではないだろうか…。
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