鷲尾レポート

  • 2026.05.11

原則なきプラグマティズムの横行

僅か1ページ、14項目の、米国側の覚書提案が、米国とイランの事実上の停戦を、暫定的ながらも正式なものに昇華させ得るかもしれない

船舶のホルムズ海峡通行を米軍が支援する計画(”Project Freedom”)を、トランプ大統領が一時的に停止すると発表したことが、イラン側に、舞台裏でのトランプの中東特使Steve Witkoffと大統領の娘婿Jhared Kushnerの働きかけを、受け入れさせる方向に向かわせている。

今回の交渉は、これまでの交渉のいずれよりも、合意に近づいている。

概ね、このような内容の速報が米国の政治情報誌AXIOSから“スクープ”として流されたのは、5月6日のことだった。そして、このニュースが世界の金融・株式市場に好感をもって迎えられたこと、今やすでに既知の事実だろう。

***もっともAXIOS自身、この合意はあくまでも30日間の暫定停戦を実現し、その後の、実質的な核交渉に至る、文字通りに暫定的なもので、その後、実質交渉に入った時点での交戦再開可能性や、或いは逆に、交戦はなくとも実質、冷戦状態が定着する可能性もある旨指摘している。

亦、この暫定合意をイラン側が受け入れるかどうかの連絡が、48時間以内にイラン側から来るとも付記している。

***このニュースに対する、米国内保守派の受け止め方は”disaster for US”というもののようだ。何故なら、仮に暫定停戦が実現しても、その後の実質的交渉で、米国側が達成しようとしている目標が、トランプが第一期政権時に、オバマ前大統領のイラン合意を、貶しに貶して、結局、オバマが達成していたイランとの合意から、トランプが一方的に抜けた、あの時のオバマ合意の内容と、あまり違いがないからだ。

上記AXIOSは、米国が究極的に達成しようとしているウラニウム濃縮の停止期間を、少なくとも12年、可能なら15年と記述しているが、同日付のWSJも亦“12~15年”と報じている(オバマ合意では、10~15年だった)。

***イラン側は、今回の米国側覚書の内容を、“米国のwish list”と呼んでいる。こうした状況下、米国の専門家は「仮に今回の暫定合意が成立すれば、それは米国にとって軍事的勝利、イランにとって外交的勝利」となると表現する。

だが、トランプ大統領がイランに戦争を仕掛けた2月末、何のための戦争なのかと、具体的に挙げた15項目のいずれもが未達成の現況下での今回暫定停戦試行や、その後に進められるとされる本交渉の目的も、オバマ時代のそれと類似しているとなれば、この間の戦闘はいったい何だったのか…

結局、トランプ大統領のイラン戦争も、開始時の体制転覆やイラン国民救済の旗印はいつの間にかどこかに消え去り、今残っているのは、何はともあれ、暫定停戦、その後の本格的交渉(もっぱら核合意)への掛け声ばかり。しかも酷評すれば、その核合意の具体的内容も、自分で前任者が得た合意を破棄しておきながら、今また、その線に戻ろうとするもの。

NYTが、こうしたトランプ外交の実態を“Standoff With Iran Raises Fresh Doubts About Trump’s Freestyle Diplomacy”(2026年3月26日)と揶揄する所以である。

トランプの現時点での主要関心は、対外戦争ではなく、あくまでも国内の政局にある

つまり、トランプの対外コミットも、煎じ詰めればそれが、国内でどう受け止められるか、極論すれば、その国内向け効果を得んがためのものばかり…。本当に外交的成果を得るつもりなら、専門知識を最大限活用し、責任者を特定して、最初から最後まで、責任を以て、事に当たらせなければならないはず…

ところがトランプのそれは便宜的な役割を、各担当者にローテーション的に与えるようなやり方ばかリ…

***例えば、中東への介入に積極的だったルビオ国務長官を差し置いて、本来は懐疑的だったバンス副大統領に、第一回のイランとの、パキスタンでの交渉を委ね(その際にもWikoffとKushnerを傍につけて…)交渉させる。何故、ルビオを使わないのか…。

***直近、ホワイトハウスの女性報道官が産休入りしたが、その休みの間、記者とのやり取りは、主要閣僚がローテーションで行うとされ、その第一回にルビオ国務長官兼安全保障担当補佐官が起用されたが、今のようなCritical なタイミングにこそ、外交・安保を担うルビオ長官がパキスタンに張り付いて、対イラン外交の陣頭指揮を執るべきだろうに…。

トランプ政権では、そんなことにはならないのだ…。

そして、そんな急補充のルビオ報道官だからこそ、来るべき米中首脳会談について記者から質問を受けると、持論の対中強硬派の顔が出て、会談では台湾問題が必ず出る、と応じるのであって。

このコメントが事前にトランプとどの程度擦り合わせた上のものか、或いは、即興か…。聞いている記者団の方も、そんな推測にいちいち悩まなければならなくなる。

イラン戦争への、米国内での受け止められ方

直近の、トランプ大統領のイラン戦争への、米国内での受け止められ方は極めて不評。5月1日に発表されたABC news/Washington Post/ Ipsos共同の世論調査によると、トランプ大統領が開始したイラン戦争への不支持は61%(一方、支持は36%)と、歴代の大統領の海外派兵事例の中でも、ベトナム戦争末期の不支持率70%に次ぐ、高さに達したとのこと。

同調査では亦、トランプ大統領のイスラエルとの距離感についても質問しているが、その回答は、“概ね正しい”が40%だったのに対し、“Too Much Supportive”との答えが47%あり、オバマ政権時の同類調査で“Too Much Supportive”回答が18%だったのに比べると、有権者の眼にはトランプのイスラエル傾斜が特に目立っているようだ。

更に、急上昇した石油価格の先行き見通し(来年頃)についての質問に対しては、「恐らく改善」が21%、「むしろ悪化」が50%、「ほぼ今と同様」が15%だった。

いずれにせよ、この世論調査について、筆者が関心を寄せるのは、「それでも貴方はMAGAを支持するか」と問われ、その回答で「支持」が26%、「不支持」71%となっている点。つまり、今やMAGA運動を全有権者の71%が支持していない実態が明らかになっている点である。

しかし、その一方では、共和党支持を自称する有権者に限れば、支持が54%、不支持が43%と、現時点でも猶、同党支持者の過半が依然として、MAGAに共鳴をしている。

つまり、中間選挙を眼前にしている現状、それは即、MAGA運動が社会的に如何に不人気になっていようとも、同運動の提唱者であり、党内を完全に牛耳っているトランプ大統領の存在を考えれば、共和党の候補者にとっては、MAGAとの離縁は今更成し得ない…。

だから筆者には、この世論調査への回答に、共和党議員たちの置かれた皮肉な立場が顕在化している様に映るのだ…。MAGAを支持するとも言えず、MAGAを切り捨てることも出来ず…。

いずれにせよ、ここから生じる一つの仮説は、イラン戦争前までは、共和党議員たちにとっては資産だったトランプが、イラン戦争開始以降は負債に変わり始めている、のではないかというもの。事実、民主党側の選挙対策戦術も、ここにきて、中間選挙をトランプに対する信任投票に位置付け直す動きが出始めている。

米国が誇る、三権分立を軸とする政治体制も、二期目のトランプ政権初年度(2025年)の軌跡を観る限り、行政府の独走を立法府・司法府が抑制する方向で機能したとは、とても言い難い

***尤も、大統領の権限が強くなり、建国の父たちの思惑を超えて、立法府の行政府抑制機能が弱体化して行く。そうした傾向は、冷戦時代に入り、急速に顕在化していた。恐らくその典型例は、1950年、トルーマン大統領が朝鮮戦争で韓国に侵攻してきた北朝鮮軍と戦う国連軍として、米軍を朝鮮半島に派遣したケースだろう。

あの時、トルーマンは議会の許諾を経ず、もっぱら国連安全保障理事会決議に準拠する形で米軍を朝鮮半島に派遣した。

当時の議会も、戦線布告は議会の専権事項と定めた連邦憲法の規定を素通りして、トルーマンのそんな手続き違反を咎めず、大統領を弾劾に処することはなかった。

そして、この先例が端緒となって、冷戦下の国際情勢緊迫化の折に、米国大統領が予めの議会承認なしに、米軍を海外に投入する事例が次々と出始める。その典型例は、1969年に開始されたニクソン大統領の秘密裡でのカンボジア空爆。しかし、ベトナム戦争の泥沼化が、建国の父たちが想定していた、大統領の対外戦争着手を議会が抑制する思考を再び覚醒させた。

結果、1973年、ニクソン大統領の拒否権発動をオーバーライドする形で、1973年戦争決議(Warpower Resolution:大統領は、戦争開始48時間以内に議会にその旨を通知しなければならない。議会が承認しない場合は、当該戦争行為を60日以内に停止しなければならない等などを規定)が採択される。

以後、米国にとっての3大戦争(湾岸戦争、アフガニスタン戦争、そしてイラク戦争)に際しては当時の大統領はいずれも、戦争開始に先立って、議会の承諾を取り付けている。

尤も、その後も米国の外国領土攻撃は様々な機会に行われているが、それらの際には、戦争決議の規定解釈が次第に緩慢なものに変質させられてゆく。クリントン大統領のコソボ空爆、オバマ大統領のリビア空爆、トランプ大統領のシリア空爆、そしてバイデン大統領のイエメン空爆等など。

***しかし、上記のような大統領の側の戦争決議の拡大解釈傾向の流れの中でも、今回のトランプ大統領のイランとの戦争開始は、拡大解釈の幅を最も拡げたものとなっている(The new Iran war appears likely to be the most aggressive and significant military operation undertaken since 1973 without any claim of congressional approval: NYT 2026年3月5日)。

第二次トランプ政権下、何故、かくも急激に議会の行政府抑制機能が失われていったのか…。私見を交えて述べることを許されれば、理由は恐らく、以下の4点故ではなかろうか…。

第1の理由

その第一は、トランプという、特異な性格の大統領…。80歳近くになって再登板したトランプが、第一期政権を追われてから復帰するまで、溜めに溜めていた鬱積や不満を、復帰してからの時間を惜しむように、各種獲物を求める肉食動物的速攻にも比すべきスピードで、大統領権限を乱発する。

例えば、トランプ大統領は2期目就任初日に26本もの大統領令に署名、このペースはその後も崩れず、2025年通年で凡そ230本近くの大統領令を発出している。この230本余と言う数字は、歴代大統領が一年間に発出する、大統領令平均数の3倍にも達するらしい…。

そして、その数多く発出された大統領令の中には、相互関税賦課指令や、これまで米国憲法の精神を化体するとまで言われていた、「たとえ不法に入国した親から生まれた子供でも、米国で生まれた子供には市民権が与えられる」との、Birthright Citizenship を今後は、条件次第では認めない、とする命令等、物議をかもすものが数多く含まれている。

振り返れば、再選を賭けた2020年の選挙で民主党バイデン候補に敗れて以降、トランプは数多くの中傷や批判を一身に浴びることになった。筆者などから見ると、その多くは自業自得とも見えるのだが、「“Me vs Themの対立”感情が常に前面に出る」、そんなトランプの精神構造からすると、ワシントンの闇の政府が自分を陥れる策略を仕掛けてきていると、半ば、確信しているのだ。

それ故、そんな被害者意識に動かされてか、2025年に大統領に返り咲いたことで、その間の鬱積を一挙に解消しようとした、そんな心境が、上述のような異常な数の大統領令発出に繋がっているとみるのは、穿ち過ぎなのであろうか…。

***そもそも2024年の選挙自体が、共和党にとっては前代未聞の大統領選挙戦となった。党としての正式の大統領候補を選ぶ予備選を、他の候補たちが党内で必死に戦っている時、トランプはそうした戦いには一切加わらず、バイデンに敗れた前大統領の立場を強調して、現職バイデンに的を絞った独自の戦いを演じ、党内候補の最終選定決定の場になって初めて、いきなり共和党内選挙に参戦する荒業を発揮、その場で一気に、共和党候補の座を確保している。

眞にgoing my wayである。

そして、その間、選挙戦を通じて自らの岩盤支持層化した“忘れ去られた人々”やユダヤ系有権者、さらにはイーロン・マスクに代表される、一部富豪層の強固な支持を背景に、連邦議会議員選を目指して共和党で党候補の座を争う各候補を、トランプ支持かどうかを問うリトマス試験紙で振るいにかけ、選挙を終わってみれば、共和党内はトランプ一色に塗り染められていたというのが顛末だった。

第2の理由

第二は、上記***印の項でも記したような手法で、議会共和党を、或る意味、完全に掌握出来ているからである。前回の筆者レポートでも指摘したように、2020年大統領選挙で敗れたトランプは、下院の弾劾裁判の対象になった。

その弾劾決議に賛成した、当時の共和党下院議員たちは、今回のトランプ復活でほぼ壊滅の憂き目にあった。

要は、共和党議員たちにとって、トランプは恐ろしい指導者なのだ。WASHINGTON POSTの記者で、長年トランプを取材してきたボブ・ウッドワードは、「真の力とは――この言葉は使いたくはないのだが――恐怖だ」とのトランプ自身の言葉(2016年3月31日の発言)を紹介している。

トランプの打ち出す各種政策に、議会共和党が表立って反対出来ず、そんな状況下、少数派の民主党がいくら踏ん張っても、議会総体がトランプ行政府の過剰な行動をチェック出来ないのは、煎じ詰めれば、共和党内に蔓延している、この恐怖心故なのだ。

だが、そんなトランプの、少し誇張した表現をすれば、岩盤支持層と鉄壁の共和党内支配に今、イラン戦争を機に、小さな裂け目が出来てきたと、筆者は考えている。小さなクラックも、放っておけば岩盤層の崩壊に繋がりかねないと…。

トランプ大統領が今、イランとの間で事実上維持している停戦状況を、何とか正式のものに格上げして継続して行こうとしているのも、11月の中間選挙まで後半年を切った現状下、戦争再開が米国内で如何に不人気か、その世評を熟知—-言い方を変えれば、過剰なまでに敏感に感じ取っている――からに他ならない。

つまり、中間選挙での劣位を覆すためならば、トランプは何でもする覚悟でいるのだ。イラン戦争を始めたのも、その反対に、がむしゃらに停戦を実現させたいのも、そんなトランプの焦り、或いは願望の表れなのだ。

第3の理由

第三は、下級審に提訴された案件が、最高裁の判示に至るまでには、かなりの時間がかかるという事実である。例えば、トランプ大統領の鳴り物入りの相互関税は、当初、2025年4月に発動されたが、その直後、市場は一気に波乱の様相を見せたため、トランプは、当該大統領令を即時90日間凍結する決定を行っている。

***この時のトランプ大統領の慌てぶりが、”Trump Always Chicken Out;TACO(トランプは常に怯える)“と揶揄されたことは、既に周知の事実だろう。そして今、トランプはイラン戦争が、自己の当初の思惑から逸れてきたことに、ビビっている…。

この相互関税は結局、2025年7月末に再度発令されるのだが、即座に各方面からの提訴攻勢にあう。そして、貿易裁判所での敗訴を経て、2026年2月に至り、最高裁判所も違憲判示し、トランプの当初の意図を頓挫させるのだが、この間、7か月の日時がかかっている。

問題は、その7か月の間に、トランプ大統領が次々と、別の新しい分野で、マスコミを騒がせる大統領令を発出し続けたことだ。そんな大統領令が亦、次々と訴訟を引き起こす

そして下級審は、それら訴訟に関連し、行政命令の無効判決を出しがちなのだが、司法省がすぐに上告

結局、トランプ司法省は、「上級審が判断を下すまで、当初の行政命令は効力を有する」旨の上級審の仮決定を確保する…

しかし、その様なケースが累積されてくると、最高裁の最終決定が未だなくても、世間は、大統領の決定(例えば連邦政府職員の大量首切り等々)が事実上、“既成”事実化し、有効に実施されていると受け取ってしまいがちなのだ(”these orders , while making no law, had the real-world effect of enabling the president to carry out his agenda, including slashing the federal work force and gutting lifesaving foreign assistance programs…)。

要するに、次々と新手を打ち出すトランプ旋風に、裁判所がついて行けていないのだ。勿論、裁判行政の最高責任者、ロバーツ最高裁長官は、そんな“既成”事実化を、決して“好ましく”は思っていない(Robert probably isn’t happy with the drip-drip-drip public perception…(NYT2026年2月24日)。

トランプ相互関税に対し、最高裁が違憲判決を出した直後、嘗て各種裁判問題をカバーしてPulitzer Priceを受賞したベテラン・ジャーナリストLinda Greenhouse 女史は、同上のNYTにGuest Essayを投稿したが、その中で同女史は先ず、ロバーツ判事が、自己の相互関税違憲判断の根拠を示すのだが、その冒頭、トランプの関税賦課決定の紆余曲折ぶりを下記の様に長々と記述していると紹介する。

“Since imposing each set of tariffs, the president has issued several increases, reductions, and other modifications. One month after imposing the 10% drug trafficking tariffs on Chinese goods, he increased the rate to 20%. One month later, he removed a statutory exemption for Chinese goods under $800”.

“Less than a week after imposing the reciprocal tariffs, the president increased the rate on Chinese goods from 34% to 84%, The next day, he increased the rate further still, to 125%. The president has also shifted sets of goods into and out of the reciprocal tariff framework. And he has issued a variety of other adjustments…”.

何故、簡略な文体を好むロバーツ長官が、“かくも長々と”、そして“かくも細々と”、トランプ大統領の関税賦課決定の過程とあらましを、自身の判断根拠意見の中で書き連ねたのか…

Greenhouse 女史は、「同長官は、これらの件は判決には直接関係しないことを承知の上で記述している」のであり、そういう形で、最高裁判所長官として、大統領のやり方が裁判所の我慢の限界を超えている旨、トランプ大統領にメッセージを送ったのだ、と解説する。このGreenhouse女史の見解、実に、興味深いではないか…。

最高裁判所の長官も政治をするのだ、と…。

尤も、活字の資料には目を通さないトランプの日常の仕事ぶりから考えて、このロバーツ長官の努力も、恐らくは実を結んではいないだろうが…。

ロバーツ長官は,上記のような政治を試みなければならなかった。何故か、それ程までに、現実の裁判官たちの世界では、トランプ政権に対する不満が堆積されているのだ。

各種資料によると、下級審の多くの裁判官たちは、自分たちが下す判決の多くを、行政府が何故尊守しないのか、腹立ちを隠していないという(Judges Grow Angry Over Trump Administration Violating Their Orders: At least 35 times since August, Federal Judges have ordered the administration to explain why it should not be punished for violating their orders in immigration cases; NYT2026年2月23日)。

つまり、繰り返せば、Greenhouse 女史は、ロバーツ長官が司法行政の責任者として、このような下級審判事たちの不満を代弁して、この判決の中の自身の判断意見開陳という機会を使って、トランプ大統領にメッセージを送らざるをえなかったと解するのだ。

第4の理由

第四は、これも極めて筆者の独断的見方だが、トランプの心に潜んでいると思しき、議会から弾劾されることへのトラウマである。第一期政権後、トランプは、「選挙が盗まれた」との主張を高々と掲げた。

それに呼応したデモ隊が連邦議会議事堂に乱入、これがトランプ弾劾の端緒となった。

下院が弾劾を決定した後の、トランプの苦難振りは、恐らく筆舌に尽くしがたいものだったはず。

そうした苦難克服努力の甲斐もあり、あの2021年1月6日事件は、2024年7月の最高裁判決で、公務における大統領の免責権を引き合いに、トランプの無罪が確定したのだが、どっこい、米国の裁判はそんなに簡単に、トランプを解放してくれない。

2026年3月31日、ワシントンの連邦地裁のAmit Mehta判事は、或る民事訴訟案件で、2021年1月6日のトランプのSave America Rallyの場における鼓舞演説は、最高歳が判示した大統領の公務免責の範囲外の行為であり、目の前の、手にnutsやboltsを持った群衆も、選挙関係者であって、或いは、トランプの再選努力に呼応する人々であって、故に、当日のトランプ演説は、ホワイトハウスの主としてのそれというより、再選を求める候補者のそれであって、最高裁判決の公務免責の範囲外の行為だと判断したのだ。

***ワシントンの議会専門誌The Hills(2026年4月1日)は、この判決を”The ruling is significant not only in that it allows those who seeking to hold Trump accountable for Jan 6 to continue the fight but because it shows the limits of 2024 Supreme Court ruling that largely sided with the president in finding former executives immune for actions they carried out as part of their White House role”と記述する。

***最高裁の判断を、或る意味、間違っていたと判示したとも受け取られかねない、このような内容の判決を、下級審が本当に下せるものかと、筆者のような素人はよくわからないのだが、案の定、こうした判決にトランプ弁護団は猛反発、上告必至の事態となっている。

そして、そうした上告が亦、ロバーツ長官の苦虫を嚙しめたような表情に結びついて行くことになるのだろう。

いずれにせよ、トランプ大統領は恐らく、今回の民主党系下級審判事の判決が示すような、“この種の、闇の政府の手による”己への弾劾(トランプ的理解によれば…)が、自身が退任した後にも必ず試みられるに違いないと、半ば確信犯的に信じている。

それ故、第二期政権の座に就いた直後から、トランプは、全米50州の内、共和党有権者が多く在住する州(Red State)の、下院議員の選挙区の線引きを改正する動きに着手し始めていた。

つまり、州全体を観れば圧倒的に共和党支持者が多い州、例えばテキサス州などを舞台に、黒人やヒスパニックの多く住む、既存の選挙区を分割して、白人居住者の多い地域の選挙区と合体させたり等など…。

つまり、その様な区割り調整を各州議会に実行させて、以て、当該州選出の民主党下院議員の数を減らし、共和党下院議員の数を増やそうとする試みである。

***各州内の下院議員選挙区の区割り調整は、これまで10年に一度実施される、全米人口調査の結果、先ず各州人口の増減に応じて、当該州に割り当てる下院議員の数の増減させる、それを目的とするものだった(全下院議員435名の総数を変えずに、各州の人口増減に応じて、当該州に割り当てられる下院議員の数を調整)、その後の、各州内の具体的選挙区線引きは、各州議会と知事に任せる仕組み。

ところが、今回のトランプ主導の各州内の選挙区の画き直しは、10年毎のセンサス調査を踏まえてのものではなく、既存選挙区が少数人種(黒人やヒスパニック等々)に有利なように線引きされているのを修正するという趣旨のもの。民主党リベラル派から見ると、これこそ眞に1964年公民権法の精神(黒人差別の撤廃)を犯すものと映る。

***いずれにせよ、トランプ主導のこうした動きは、単にテキサス州に留まらず、共和党主導でミズーリ―州やノース・カロライナ州、更にはルイジアナ州等にも飛び火している。この共和党側の動きに対抗するため、民主党側もカリフォルニア州やコロラド州、ミシガン州などで、民主党に有利なような、線引き修正努力を継続している。

***2026年4月29日、こうした選挙区調整訴訟の先陣を切って、連邦最高裁判所は賛成6票、反対3票の多数判決で、ルイジアナ州下院第2選挙区が、黒人優位に線引きされたゲリマンダリングだとの判断を下した。

そして、こうした判決は、単なる判決に留まらず、必然的にそこから先、現実的な問題を引き起こすことになる。(この判決を機に、テネシー州などで、新たに選挙区の線引きをし直す動きが出ているし、判決の対象となったルイジアナ州でも、違憲と判断された選挙区を前提にした選挙への、候補者たちの届け出期限が既に過ぎてしまっており、これを今更新しく線引きをし直して、新しい選挙区で、候補者の出馬を新たに求め直す等々は、現実的には無理というもの。

事実、当該選挙準備に関し、時間的に克服が困難な、事務的課題も続々と生み出されつつある…。

要は、今回の最高裁のルイジアナ案件の判断も、選挙直前の今となっては遅すぎるのだ…。だが判決が出てしまった。さてどうするのか…。そして、この種の問題が、選挙後も、色々と派生的問題を引き起こすのは避けられないのではないか…。

いずれにせよ、トランプ大統領は、ありとあらゆる手段を使って、下院が共和党多数から民主党多数に転換されることを阻止したがっている

その一端の理由が、繰り返しになるが、今やトラウマとなっている自身の弾劾への恐れであることは、間違いないように思われる…。

だから、トランプは、予め考えられる全ての予防策を講じておきたいのだ。

2025年には、あれほど滑稽なまでに執拗に、ノーベル平和賞を欲しがったのも、同賞の受賞者という特殊な栄誉を手にしておけば、弾劾の声も小さくなるだろうと踏んでのことだろうし、上述のような形での、将来の下院選挙でも共和党優位が保てるような手を講じようとしているのも、これ全て、下院での共和党優位を維持しておきたい、そんな思惑があるからに他なるまい。

米国政治史を振り返れば、前大統領が任期を全うして退任する、その際の選挙では反対党の大統領候補が勝利することが多く、且つ、その勝利には民意を代表する下院でも、新しく当選した大統領の与党が多数派になるケースが多い

今、2000年以降の歴代の大統領選挙を基軸に、連邦議会の与野党の勢力関係を下記の様に概観してみると、2012年のオバマ再選時を例外として、それ以外のケースでは、下院では、現職大統領の与党が多数派を占めたことがわかる。

年代 大統領 上院 下院
2000年 ブッシュ大統領(共和) 共和・民主同数 共和>民主
2002年 同上 共和>民主 共和>民主
2004年 ブッシュ大統領(再選) 共和>民主 共和>民主
2006年 同上 共和・民主同数 共和<民主
2008年 オバマ大統領(民主) 共和<民主 共和<民主
2010年 同上 共和<民主 共和>民主
2012年 同上(再選) 共和<民主 共和>民主
2014年 同上 共和>民主 共和>民主
2016年 トランプ大統領(共和) 共和>民主 共和>民主
2018年 同上 共和>民主 共和<民主
2020年 バイデン大統領(民主) 共和・民主同数 共和<民主
2022年 同上 共和<民主 共和>民主
2024年 トランプ大統領(共和) 共和>民主 共和>民主
2026年 同上 共和>民主
現時点での予測
共和<民主
現時点での予測

だからこそ、次期大統領候補として、今、己の下にいるバンスやルビオを温存し、併せて、共和党の下院多数を保持し続け、自分への評価を高く維持し続けたい。

こうした思惑に沿って、トランプは今回、歴代の米国大統領が解決できなかったイラン問題を、同国内に反政府デモが多発していた状況を上手く活用して、一挙に改善しようとした。

だが、どっこい、それは考えが甘すぎた。だから現状、危機管理策として、何が何でも、亦、名分は何であれ、停戦を確保しなければならない。そんな立場に、トランプは追い込まれているのだ。

そしてそんな時、彼の常套手段は、別の問題に世間の目を向けさせること。そうした思惑からも、来るべき米中首脳会談で、トランプが何を成果として得るつもりなのか、否応なく、関心と心配が高まらざるを得ないのだ。

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