【試論】Madman trump のイラン戦争~It was just an accident;それは偶然の出来事だった~
トランプ大統領は、前歴不動産王時代から“交渉上手”を自認していた。筆者がこれまで、何度も引用してきたトランプ自叙伝“The Art of Deal”の中でも、自身の交渉手法を明かす箇所が結構ある。
例えば、「強硬な態度をとると、それなりに上手くいくものだ」、「ノーという言葉は絶対に受け付けない」、「選択の余地はなるべく多く残しておく」、「上手いタイミングをとらえて素早く、そして断固とした行動を取ることが如何に大きな利益に結びつくか…」、「物事は大きく考えるべきだ」など等。
そして誇らしげに言ってのける。「言葉だけではなく、実行すること」、「最後に物を言うのはカネだ」、「交渉成功のコツは、第一に自分自身の勘に頼って判断すること、第二に自分の知っている分野でビジネスをすること、第三に決断を、時には、思いとどまること」(この第三の件は、今となっては、トランプにとって、大きな皮肉)…。
だが、果たしてこの種の交渉テクニック、一回限りの取引が常態の不動産売買ならいざ知らず、人的因縁や永続的利害関係を必ず残す、国と国との関係を律する政治分野、とりわけ安全保障の分野でも、本当に通用するものだろうか…。
人々の怨念や尊厳、他国社会との伝統や価値観の違い。更には、交渉の裏面にある諸々の機微、それらを熟知していると自認するトランプが、自身の決定――そして今やそれは米国の決定でもあるのだが――に際し、確たる出口戦略もなく一気に戦争に走り、且つその際、上記の機微にかかわる諸要素や国毎に異なる社会慣習の違いなど等を、判断変数から全く除外してしまっていると観えるのはどういう訳だろうか…(勿論、トランプ自身は戦争突入に際し、イランの抑圧体制から人々を解放し、自身の手に国を取り戻させる、と高らかに宣言してはいた。
しかし、その宣言が十分に練った案に支えられていたのだろうか…)。
翻って考えれば、トランプ大統領自身、恐らくは、己の誇る交渉テクニックに絡むが故に、交渉相手に自分はこういう人間だと意図的に思わせる、ニクソン流のMadman Theoryには親しみを覚えていたはずだ。事実、世界のマスコミも、トランプがニクソン流のMadmanを気取っていると見做す論が多い。
***例えば、How Trump is using the” Madman theory” to try to change the world(BBC; 2025.Jun 7) 或いは、Can Trump’s “Madman theory” reshape Iran and the Middle East”(Aljazeera; 2026 Jan 30), 更にはTrump may be using Nixon’s Madman theory(2026 April 8; Gurdian)
だが、ここに来て、トランプ大統領はMadman を装っているだけなのか…。否、そうではないのではないか…。実は、彼は外交交渉の本質を理解していない、真のMadmanなのでは…、そう論じる、政権に批判的なワシントン情報誌も出て来ている(Trump Believes in “Madman theory”. But He is Actually a Madman; Washington Monthly 2026 April 8)。
政治や外交は連立方程式、常々そう主張していたのは日本の中曽根首相(当時)だった。
解決すべき未知数の数と、同じ数だけの方程式方を準備しないと解は導き出せない。言い換えると、何を複数の目的とし、その為の諸策(方程式)を、何本用意できるか…。
逆に言えば、手段ともなる方程式の数が少なければ、設定すべき達成目的(未知数)の数も、その分、減らさなければならない云々。だが、第二期トランプ政権には、そうした事前の熟考がない。
***こうした、抽象的ではあるが、ストンと腑に落ちる政策論を、筆者は、主任研究員として中曽根研出向時に、中曽根会長から何度も聞かされたのを、今は懐かしく思い出す。あれからもう30数年も経ってしまった…。
如何なる社会現象も、その発生は必ず無数の連鎖反応を伴う。戦争ともなると、その連鎖反応や後遺症は限りなく大きなものになる。
だからこそ、米国のような大国の指導者は、事の初めから各種影響を十二分に予測し、十二分な対応措置を検討し、且つ、最終的なExit Strategyも熟考の上で、避けられない戦争行為に入る、というのがこれまでの米国安全保障政策関係者の常識的(過去の戦争体験としての反省の上に立つ)思考方法であったはず…。
だが、今回のトランプのイラン戦争、恐らくは、その種の事前検討は殆どなされていなかったのでは…。実際に担当部局が担ったのは、実戦準備のみだったのでは…。
***専門家を交えての事前の衆議で、政策の方向づけを行う。そんな手順は、むしろトランプ自身の意思決定には阻害要因になる。第一期政権の時がそうだった。
それ故に、トランプ第二期政権では、その種の手順を採用しない。安全保障政策の要ともなるホワイトハウス内の国家安全保障会議を形骸化させている事実は、こうしたトランプの心底を如実に物語っている。
筆者は、Power and Principleという言葉には、米国政治の真髄が込められていると思っている。
この言葉、1970年代後半に民主党カーター大統領の国家安全保障担当補佐官だった、Zbigniew Brezenskiの書籍から取ったもの。絶大な権力を行使するものは、予め確立されている原則に従ってそれを行使すべきだと…。
だが、トランプの場合、この原則は“柔軟な即応”という言葉にとって代わられてしまっている。加えて、トランプの場合、Make America Great Againという、米国人なら誰もが否定できない壮大なスローガンを持ち出してくる。
しかも彼には、それがどういう社会なのかの具体的ビジョンの提示もなく、いきなり手段論に走る癖がある。
尤も、その具体的手段と達成すべき目的設定の部分は、「俺に任せろ」と、トランプは嘯くに違いないし、トランプ支持のMAGA派の有権者たちも、そういった困難な決定を行えるワシントン・アウトサイダーだからこそ、トランプを支持しているのだが…。だが真の問題は、それに先立つ、誰もが納得する具体的なビジョンがないことなのだ。
今回のイラン戦争開始に際し、トランプ自身が何度かの機会に公言した戦争目的(それも、説明する度、微妙にぶれている)と、国防長官や国務長官が事後に補足説明した内容には、整合性が整っていない印象が強く残った。
例えば、トランプ大統領は、米軍がイラン爆撃を開始した直後、自身のTrues Socialを通じ、高揚感あふれる言葉で、今回の爆撃は抑圧体制の政治下から人々を解放し、イランの人々に国を取り戻させる…。
そうした意味ではベネズエラの先例に完全に従う結果となるだろうと述べていた(要は短期決着、Hit And Runの攻撃で済ませる、政治体制の交代を目指す)。
しかし、その後の、へグセス国防長官の説明では、イランの核設備や海軍を破壊し、核を持たせない。しかし、イランの体制転覆は、結果としてそうなるかもしれないが、決して戦争の直接の目的ではないと位置づけ、ルビオ国務長官も、体制転覆は目的ではないと、別の機会に説明…。
これに対して、ホワイトハウスのKaroline Leavitt報道官は、「イランの体制が弱体化している今こそ、米国が行動を起こすとき。
今回こそが、米国にとって耐えられない、イランの体制を除去する最後の機会だ…」と述べる有様。
そうした、体制転換を目指すのか否かの、混乱したメッセージを是正するためか、トランプ大統領は、3月1日、「壮絶な怒り作戦」の目的を次の5つだと記者団の前で改めて説明した。説明の確定版というわけであろう。
同説明によると、目的は5つ。①イランの差し迫った核の脅威の排除、②弾道ミサイル兵器の破壊、③テロ組織ネットワークの弱体化、④海軍戦力の壊滅、⑤政権の打倒だという。つまりは、この段階でも未だ、トランプは⑤を主張していた。
だが、仮に⑤を目的とするなら、①~④はその従属変数。根本の戦略目標と戦術目標の序列が変わらねばならないはず。だが、そんな大目標が、5つの目標の最後に来る。恐らくトランプは、①~④を遂行する過程で、⑤も視野に入ると踏んだのだろうが、どっこい、戦略とはそんなものではない。
日本の戦略論の大家、故永井陽之助教授に言わせれば、最終目標⑤が先ずあって、その達成のために①~④があるのなら、そういう位置づけで手段たる①~④を用いるべき。もし、その①~④を完全遂行する能力がないのなら、そもそもの戦略の大目標⑤を、もっと低い目標に代置し直さなければならない、となるはず…。
この辺の大戦略と戦術目標の位置づけが、今回のトランプの対イラン開戦理由説明の中では、最も曖昧となっているところではないのか…。
そして結果として、当初、目的に挙げていなかったホルムズ海峡の航行自由の確保、それをイランが人質にとるようになって、戦局観がガラッと変わったものになってしまう。明らかに、本来設定しておくべき目標の一つを見落としたのだ。
イランとの開戦目標が、何故、そんな中途半端な形のものになったのか…。推察するに、それは設定そのものが急造だったことに加え、中間選挙を迎える年の微妙な時期に、米軍兵士の死を想定させるのを防ぎたい、つまり地上兵力の投入を避けたい、そんな思惑があったからだろう。
だが、短期の政権転覆を言うのなら、世界への波及効果を最小限に抑えながら、政権交代を果たす、そのためには、ホルムズ海峡への目配りと陸上兵力の投入は不可欠だったのではないのか…。
この点、目先のベネズエラでの成功が、トランプの眼をくらませたのだろう。要は、トランプがベネズエラでの成功を過信、イランへの開戦の詰めが甘すぎたのだ。
後付けで推論してみれば、今年に入ってからのトランプの諸々の決定には、彼なりの折々の情勢認識と“勘”が随所に働いていたように思われる。
ベネズエラに米軍を侵攻させ、同国の大統領を拉致したのが2026年1月3日。米国最高裁のトランプ関税違憲判決が出たのが2月20日。
この時間差の中には、後者の発出を直感・恐れたトランプが、想定される社会の反応を事前に緩和しておく必要性を感じ、米国有権者の関心をベネズエラ大統領拉致という、別次元の問題にすり替えた。そこには、トランプ大統領の“計算”と“勘”が働いていたのではないかと…。
そして、そういうトランプの頭の中でのシナリオは、大成功を収めた。そして次は…。
3月末には、鳴り物入りの米中首脳会談が北京で開催される予定だった。中国との交渉上、米国の立場を強化しておく。そういう脈絡で、目を中東に転じれば、イラン国内で反体制の動きが大きくうねっており、同国内ではデモが多発、イラン当局は、デモ鎮圧のため。
公安の力をフル動員している。亦、イラン当局は、民衆の間の意思疎通を遮断するため、インターネット接続を禁じる措置を講じなければならなくなっている。
先のヴエネズエラでの成功で、運気に乗ったと信じているトランプは、今回も直感で、イラン攻撃、今が短期決戦のチャンスと踏み、2月28日に攻撃を敢行したのだ。前述のホワイトハウスLeavitt報道官の事後説明は、そんなトランプの高揚感を直截に説明したものだった…。
トランプの計算では、このイラン打破に成功すれば、民主党カーター大統領の時に起こったイスラム革命、その時に発生したテヘランの米国大使館占拠事件(1979年)以後、実質47年に渡って続いてきた、謂わば、米国の対イラン冷戦に、トランプは遂に終止符を打つことが出来る。
その事実は否応なく、トランプの名前を米国の歴史に刻み付けるだろう。大統領としてのLegacyを歴史に刻み込みたいトランプにとって、こんなチャンスはめったに来ないと…。
一方、首脳会談の迫った中国には、3月16日にトランプ自身がFT紙とのインタビューで、会談延期の意向を公表、それを受け、米中双方の交渉の結果、3月25日、「新しい首脳会談日程は5月14日~15日に変更される」と発表された。言い換えると、米国として、イラン戦争もそれまでには決着させると…。
だが、そんなトランプの目論見は、イランの手で阻止されてしまう。トランプの勘ピューターに、イラン社会の構造や宗教浸透の根深さ、米国が介入してくることに対するイラン民衆の感情面での反発、更には、イラン・イスラム共和国の国体構造上、革命防衛隊が果たす、イスラム教が国を指導する体制堅持の役割などが、事前に、どの程度正確にインプットされていたのだろうか…。
いずれにせよ現状、トランプ大統領の対イラン戦争は、NY TimesのDavid E. Sanger記者曰く、「結局のところ、当初に打ち上げていた主要目標達成;《イランの核開発を止めさせ、同国の政府を転覆させる》に失敗している」(”Entirely Unaccomplished”; NY Times 2026年7月 26日;“Trump Seems Trapped by Iran War, Even as He Wields the World’s Biggest Hammer”)。
サンガー記者は更に、この記事の中で、「今に至っても大統領は、当初の目標を達成する方途を見出せていないし、むしろ現状では、面子を保ちながら戦争からの出口を模索している…。
そうした眼で観ると、大統領には現状、3つの選択肢がある。
一つは、軍事作戦を拡大させる。二つは、経済的打撃をイランに与える。三つは、勝利を宣言して一方的に戦争を降りる(①Military Escalation, ②Economic Crackdown,③ Declaring Victory and Getting Out)
サンガー記者は続ける。
この3案は、直近、Vance副大統領、Hegseth 国防長官、Caine統合参謀本部議長、娘婿のKushner,それに中東担当のWitkoff特使との会合で議論されたが、いずれの案も、それぞれの理由があって採用されなかったと…。
***①爆撃の強化案が採用されなかった理由;その結果、多くの市民が死傷する。更にインフラ設備を大量に破壊すれば、場合によっては事後に、戦争指導者が戦争犯罪行為として糾弾される可能性にも話が及んだ。席上、侍っていたスタッフからその点を質されると、トランプ大統領は「その質問には答えない」とコメントした由。
尤も、トランプ大統領が、この①案を取りたがらないのは、もっと実務的な問題――反撃用、或いは防御用ミサイルが、既に品薄になっている――ためだとされる。
***②イランに更なる経済的打撃を与える、が採用されなかった理由:経済制裁を徹底する。イランの船舶がホルムズ海峡から出るのを阻止し、イランの石油収入源を断つ。
そうした措置には結局、米戦闘部隊の、この地帯への派遣継続が必要となるが、その為には時間とコストがかかる。期待通りの状態が出現するまでの間には亦、イラン叩きを数回にわたって続ける必要も出て来るだろう。
一方、イラン石油の鉄道を使っての中国への搬出も目立ち始めている。要は、②を遂行しても、結局はこれまでと同じだ、と…。
***③勝った振りをして、その場を去る戦術は、トランプ大統領自身、1か月ほど前、同類のシナリオを描いたことがあったが、イランがそれを認めなかった。今回それを試みても、結果は同じだろう。
亦、仮にこのシナリオが実現しても、実態は現状維持のまま。イランの核開発は完成目前、ホルムズ海峡は実質イランの管理下に置かれたまま。結局は、トランプの今回イラン戦争は失敗だったとの評価になってしまう。
それはlegacyを残したいという大統領の希望に反し、実態上、米国内での大統領権限行使の幅が、それ以前と比べてかなり縮小してしまう結果ともなりかねない。
***それにしても、と筆者は思う。直近の幹部会議の名前にRubio国務長官の名前がない。サンガー記者の記入漏れか、或いは本当に出席していなかったの…。確か、Rubioは国務長官に加えて、国家安全保障担当の大統領補佐官も兼務していたはずなのに…。
いつの間にか、その兼務が外れたのか…。或いは、役職などどうでもいいとの、トランプの組織観が現れただけなのか…。Rubioはトランプの後継者争いから外されたのか…等など。
尤も、イランとの交渉は、VanceとKuhner、Witkoffが当初からに担っていたのだから、この場にRubioがいなくても、これまでの経緯からすれば問題ないのかも知れないが、しかしそれでも国家全保障担当補佐官の不在は、筆者的には気になって仕方がない。
話が急に飛ぶが、本年はじめ、イランのジャファル・バナヒ監督(イランの政治体制下、2度も投獄されている)が作った“It Was Just An Accident(それは偶然の出来事だった)”という映画を観る機会があった。
その内容は、嘗て不当な理由で投獄された主人公が、或る偶然によって、自分につらい拷問を課した足の悪い看守に出くわした。そう思い当たった主人公は、強硬な手段でその看守と思しき人物を拉致、仕返しに砂漠に埋めようとしたのだが、当人は、自分は当該の看守ではないと強く言い張る。
しかも、名前も違う。主人公は、投獄されていた時、目隠しをされたままだったので、看守の足が悪かったことと、看守の名前だけを憶えているに過ぎない。
看守と思しき人間は、あくまで自分ではないと言い張り続けるので、主人公は、嘗て自分と同じく投獄され、当該看守に拷問された仲間たちを回って、彼が当該看守かどうか、確かめようとする…。
映画を初見した時、こんな作品が何故、カンヌ映画祭でパルムドール賞を得たのか全く分からなかった。
しかし、イラン・イスラム共和国の現政治体制が、立法・行政・司法の表の機関と、国家の最高指導者(宗教指導者)を中心とした、裏の革命防衛隊という、2重の権力構造になっており、この映画も、そんな政治構造の下、イスラム国家の基本を保つ為に、問題のある一般市民を投獄し、革命防衛隊関係施設で一種の思想改造を迫る、そんな同国独自の体制の在り方を理解して始めて、映画の見所もわかるし、理解も進んだという次第。
映画の顛末は、目隠しされ、恐怖心におののく、「自分ではない」と言い張っていた、当の看守と思しき人物が、最後の最後、目隠しをされたまま、「自分が当の看守だ」と、恐怖に駆られながら叫ぶのだが、その声を聴く者は、その場を立ち去ってしまっていて、誰にも聞こえない。
果たして、その激白が真実だったのか、今となっては誰も知らない…。
本レポートの副題に、イラン社会の現状、トランプの対イラン開戦の不可思議など等を踏まえ、真相が闇の中の状態を描いた、この映画の題名“それは偶然の出来事だった”を付した所以である。
いずれにせよ、トランプのイラン戦争は、単なる中東での紛争に留まらず、ホルムズ海峡閉鎖を通じて、全世界規模でのエネルギー危機に拡大、亦、中近東各国で推し進められつつあった、AI立国化への道を(一時的にせよ?)塞いでしまった。
***サウジアラビアやUAE などの中東諸国は、脱石油経済を進めようとしており、AIには産業育成や経済成長の中核的位置づけが与えられている。
対してイランは、そうしたAI関連施設を米軍によるイラン攻撃を支えた軍事インフラと見做し、3月には、同地域所在の米国大手AI関連企業の施設を標的にすると明言していた。
そして今、イランはそうした施設を、米国のイラン攻撃への反撃だとして、実際に爆撃している。
一方、ホルムズ海峡を経由する石油供給の途絶と、イランによるカタールやサウジへの報復攻撃は、サウジアラビアに「原油搬出努力を倍加させなければならない」と痛感させてもいるようだ。
そうした脈絡で読み解くと、直近、ワシントンのサウジ大使館がXを通じて公表した声明が参考になる。同声明の趣旨は、サウジの国防相が首都Riyadhで約50か国の代表と会合したというもの。
米国の議会情報誌The Hill(2026年7月30日)によると、その背景は、在イエメンのイラン代理勢力フーシが、ホルムズ海峡に代わるサウジ原油の世界への搬出ルートとなっている紅海で、サウジ原油を搬出しようとしていたタンカーを攻撃(フーシの攻撃で、現在はこの海峡のタンカー数は、従前と比べて減少、現在は11隻が同海峡を航行中)したが、そうした攻撃に、サウジ側が関係国・周辺諸国をタンカー防衛で結束させようとしているのだとか…。
在ワシントンのサウジ大使館によると、この会議の結果、サウジ国防相は「トルコ、エジプト、パキスタン、ナイジェリア、その他数か国のアラブ・アフリカ諸国(合計で14か国)から、Bab al-Mandab海峡、紅海、Aden湾の航行の安全を保障する必要がある旨で合意を取り付けたとのこと。
つまり、中東地域で、必要に駆られて、緩い形にせよ、サウジ原油の搬出に関して、周辺国が纏まろうとしているというわけだ。
トランプ大統領は8月1日、またしてもイランへの攻撃停止を宣言した。消息筋によると、今回の宣言はトランプの文字通りの最後通牒だとか…。
だからイランに停戦・交渉に戻れと…。いずれにせよ、攻撃停止の理由は、トランプに言わせると、「イランやサウジを含む他の中東諸国から、交渉が大筋で合意に至ったので、それら諸国から反撃を控えるように要請された」ためだとか…。
筆者の推測に過ぎないが、恐らく、そうしたトランプ大統領の意思表明も、前述したような、既に打つ手がなくなった状況下、サウジを軸とする周辺諸国からの停戦への強い要請などが、大きく効いた結果なのではないだろうか…。
周辺諸国にも厭戦気分が蔓延しているのだ。
***もっとも、今回も大統領は、停戦継続の条件として、ホルムズ海峡開放とイランの核開発終結を挙げているが、これらはいずれも、当初からの停戦の究極目標だったはず。要は、目標追及という尺度で観れば、事態は一歩も前進していないのだ。
***ワシントンの情報誌AXIOSは8月4日、米国とイランが近くホルムズ海峡の開放で暫定合意に達すると報じたが、その報道内容を吟味してみても、その実態はイランとオマーンの間で合意したホルムズ海峡通行案を、米国が暫定的に認めただけのようにも見える。
事実、イランは猶も、米国との直接交渉だとは認めていない模様。こうなると、トランプ大統領は、前記NYTのサンガー記者の記事にあった第3案、つまりは「勝利を宣言して、一方的に戦争から降りる」を試行するしか仕方がなくなっているのでは、とも見えて来る…。
一方、イラン戦争の影響を全世界的視野でみると、今回の、トランプのイラン戦争着手は、譬えれば、この地域で大きな地震が発生した様なもの。そして地震の衝撃波は、経済メカニズムと安全保障の連鎖チェーンを通じて、全世界に広がっている。
これを日本に即して概観すれば、先ず経済面だが、石油供給の途絶の恐れは、原油確保のための代替源探し・代替輸送路構築努力などを活発化させた。
そして、コストのかかる、そうした努力が、当然のことながら、入手出来るようになった石油並びに石油関連製品の価格上昇に直結して行く(尤も、僅かの期間に、価格は兎も角、少なくとも必要な量を確保出来たという。
その意味では、日本の企業の底力も立派なもの…)。
しかし、エネルギー価格の上昇は、結果として今後、日本も米国同様、財政と貿易の双子の赤字への、より積極的取り組みを強いられることになるだろう。
筆者には、昨今の歴史的円安も、この日米双方の双子の赤字という構造問題を根源に発生しているように思えてならない。
直近の、これ以上の円安阻止のための、日米協調しての為替市場介入も、イラン戦争を契機に、一層大きくなる世界経済の不均衡是正に向けた政策当局間の連携の一環と見做すべきなのだ。
そう解すれば、米国のベッセント財務長官が、日本側と為替で協調介入する理由もわかるような気がする。米国内のガソリン価格高、米国内金利引き下げの先送り、ドル高の継続も、結局、その理由の主因が、相も変らぬ米国の双子の赤字。しかもその赤字は、トランプのイラン戦争によってますます加速中なのだから…。
更に一言付け加えれば、トランプ関税対策への対応策として打ち出された、総額5500億ドル(約90兆円)にも達する日本の対米投資誓約、言い変えると、それだけの規模の日本円が今後、為替市場で売却されドルが買われる。そう想像するだけでも、十二分に現在の円安を説明出来るというものではないか…。
トランプ大統領は直近、米国の円防衛の動きを、「米国が示す日本への友情の証」と述べたというが、「むしろ日本が示した“米国への貢献の動きが齎した不都合”を是正するため」と言い直してほしい…。
安全保障リンクを通じての影響に目を転じると、日本にとってはやはり、中国の動向が気になる。
この視点からはForeign Affairsの論文が参考になる(The Iran War Is a Win for China;2026年4月17日;Andrew P. Miller, Michal Clark共同執筆)。
この論文は、2026年5月の北京でのトランプ・習会談の直前に発表されたもの。そのタイトルが示すように、この論文の著者たちは“Trump’s war choice in Iran has come at the expense of the US security umbrella in the Indo- Pacific , presenting an opportunity for Beijing”という問題意識で執筆されている。
以下、これ以上、今回レポートを長くしないため、この論文の主張を箇条書きにして済ませたい。
〇米国は中東での自軍の戦力を補強するため、東アジアから軍備を大幅に引っこ抜いた。現在世界で展開している5隻の原子力空母で、東アジアに配属していたAbraham Lincolnを中東に廻した。更に、韓国に配属していたミサイル防衛網の一部を中東に転配備した。
特に後者は、その韓国配備時に北朝鮮や中国が強く反発、当時、大きな政治問題となった事案。
韓国がそれ程大きな努力をして導入したシステムを、今回トランプは米国側の事情で、一方的にシステムの一部を中東に移設した。こうした例は、必然的に、インド太平洋諸国に、“how little Washington cared about its ally’s sacrifices…the region is not a priority”という印象(受け止め方)を与えたはず。そして、そうした感情を植え付けたという事実そのものが、既に対中抑止力としての米国の力を大幅に弱めてしまった…。
〇今回のトランプ大統領の中東戦争は亦、米軍の手の内(米国保有の武器の性能、軍内の意思決定の在り方、軍の戦闘にAIをどのように活用しているか、更に米軍はどのようにして敵のミサイルを阻止しているか等々、軍の動かし方の全てを、そっくり中国側に明かしてしまったに等しい。
〇中東諸国への中国の影響力波及は避けられない。勿論、中東の米国依存が全くなくなるわけではない。中国が米国の役割を全て引き受ける必要もない。
要は、不安定化する米国の行動に対し、逆に中国の行動の予測可能性が高まれば、その分、中東諸国は中国を相対的に安定したパートナーと見做すようになるはず。
加えて、中国は、イラン戦争の後の地域復興の局面(インフラ再建や新規インフラ建設)で、信頼出来るパートナーとして台頭してくるはず。
当然、それにつれて、地域での中国の発言力は高まることになる“The Trump administration traded national security for a short-term display of military muscle, and it is now the American public to pay the bill. The real winner of this avoidable conflict won’t be Washington, or Teheran; it will be Beijing”。
***このような記述は、本論文の筆者たちが前バイデン政権と関わりがあったが故だろうが、そうした点を割り引いても、結構妥当しているように思われる。
さて、最後になるが、台湾にも触れておかねばなるまい。
多くの記事や論文が、この間にも発表されている。今、目に付いた、幾つかの論文や記事を例示すれば、以下の通り。
元々、中国の習政権は、台湾に侵攻出来る能力を2027年までに装備し終わることを、軍に重要な使命として課していた。そして恐らく、装備や能力の面からだけ見ると、その目標は、既にある程度まで達せられているのではないか…。
しかし、それはあくまでも能力装備であって、即侵攻を実行することを意味するものではない。
問題は、その軍事能力を使うかどうかの、中国首脳の意図・決断なのだ…。
2026年3月に公表された、トランプ政権の国家情報省の上記年次報告では、「中国は可能であれば、武力を行使せずに統一を達成することを望んでいる」とも書き付している。
つまり、トランプ政権の解釈は、表現を変えれば、中国も可能なら軍事力の採用は最小限に抑えたいと考えており、ここから先は私見だが、そのために、中国は、軍事力を使わずに済む方法として、今回の米イラン戦争で明白になった台湾の弱点を如何に深く掘り下げ、且つ拡げることが出来るか、そのための環境条件をどう整えるか等を、一層真剣に模索・検討・実施してくるようになるだろう(中国の事だから、こんな事態が起こる前から、とっくにそんな研究は完了しているだろうが…)。
その模索・検討・実施の方向は、これも私見だが、大きくは3点あるのではないか…。
一つは、台湾の後ろ盾である米国の、台湾支援の意欲を削ぐ(政治面)。
二つは、台湾と他国との物流(特に海路)を、非常時にはブロックしてしまう体制を構築する(経済面)。
三つは、こうした中国の動きを、地政学上、阻止できる可能性のある国々(米国は勿論、日本やフィリピン等)に、その様な動きをしないよう、圧力を強化し続ける(外交面)。
先ず、第一の方途について…。
John L Thornton China CenterのRyan Has上席Directorによると、現在の中国政府首脳陣は恐らく、今回のトランプの対イラク戦争を、共産主義ドグマが教示するように、「成熟資本主義国が国内の諸矛盾を解決するため、その矛盾解決の方途を海外に求める、そんな普遍原理が発現された結果だ」と見做している。
そういう摂理を、現在の中国政府の首脳等(特に習近平)は、青年期から教え込まれており、トランプが、ほとんど何の前触れもなく、イラン戦争に走ったからといって、多少驚きはしても、慌てふためくことはなかったはずだ、と…。
鄧小平の“鞱光養晦”の提唱以来、中国の軍事・外交戦略は、弱者が強者に打ち勝つ術を求め続けてきた感が強い。
その前提は、世界は常に変化し続けており、陽が当たる面があれば、その裏面は常に月あかりを頼りにしなければならないのが摂理だとする。
この陰陽の交代する様を、弱者は実際に実現させようとする。
つまり、「あるものを収縮させようと思えば、先ず張りつめさせておかねばならない」、「弱めようと思えば、まず強めておかねばならない」、「衰えさせようと思えば、先ず勢いづかせておかねばならない」。
そうして強者を舞い上がらせ、弱者は強者が衰退し始める時が来るのを待つのだと…。
トランプの米国は、経済構造の急速な変化や極度に発達した金融経済化、更には世界政治の面でのオーバー・リーチ等で、内部の混乱が極まった感のある資本主義の総本山。
そこを崩すには、孫子の兵法の前提ともいうべき、陰陽道の思想に基づいて、勢あるもの(トランプの米国)には一層勢を与え、一層高ぶらせ、中国はその間に、自分たちの潜在力を自分たちに有利になるまでの間、蓄積し続けるべきだと…。
つまり、時間をかけてじっくりと、腰を据えて…。つまり習主席は、定めた目的を貫徹する、そんな本気モードなのだ。
それ故、9月に予定される次の米中首脳会談(ワシントンで開催)でも、習近平はトランプに華を持たせ続けようとするはずだ。そうされると、トランプは益々習近平から離れられなくなる。逆に台湾支援に熱が入らなくなる。
第二の方途は、今回のイラン戦争で明らかになった台湾経済の脆弱性(①エネルギー、とりわけ電源の約半分を海外からのLNG輸入に依存する体質。
更に、台湾のLNGの貯蓄が11日分しかなく、そのLNG貯蓄能力も最大20日分が上限。加えて、②主力産業である半導体製造も、部品の大量輸入に依存しており、且つ、それらセクターは、ものすごく電力を食う)。
中国は、トランプのイラン戦争を機に、台湾経済が内包するこの種の脆弱な部分を、今後、一層深く掘り崩す策を講じて来るはず…。
こうした諸点に関し、上記NY Times(Taiwan Tests How It Resist Chinese Siege at Sea; 2026年7月 25 日)は、台湾側の実情として、以下の様に報じている。
「…台湾の脆弱性を衝こうとする中国の圧力は、6月に中国海警が台湾島東部の海域で、“中国の法律執行のための通常パトロールを行う(China’s coastal guard ships would conduct “routine law-enforcement patrols)と発表して以降、一層強化されようとしている…。
台湾の主要3港湾(Terminal)は島の西側(中国本土に面している)にあり、中国との緊張が高まった際には、米国をはじめとした同盟諸国が、緊急輸送物資などを台湾に搬入する際、使われるのは、中国に面した西ではなく、東側になると想定されているからだ…」。
「亦、LNGの貯蔵量を増やす方法としては、東海岸は総じて山が多く、LNGを東海岸に貯蔵しても、西への貯蔵場所や輸送ルート建設は容易ではなく、結局、船上貯蔵方式が一番効率的とのことで、そのための船上貯蔵と船上での天然ガスへの精製処理ができる、そんな能力を持った船舶の調達努力も急ピッチで始まっている…更に、エネルギーに関しては、台湾当局は、原子力発電所の再稼働も視野に入れている…」。
「…中国海軍は、常時7~8隻の軍艦を台湾島周辺(東側海域を含む)に張り付けているが、今後は、そうした監視網の一翼を担う中国海警の役割も強化されて来るだろう…。この1年を観ても、中国艦船が台湾周辺に現れた回数は、2026年5月~6月で合計85回、昨年(同期間)はそれが45回だった」。
そうした、「中国艦船の台湾海域監視体制強化の中で、注目されるのは、その中の一部艦船(海警)が、台湾に接近してくる貨物船に、臨検を試みるケースが出てきたこと…(同紙は、2024年には、中国海警の乗員が、台湾のフェリーに乗り込んできたと報じている)」。
「2028年には、台湾で総統選挙が実施される。恐らく、その時期には、中国からの圧力はもっと強まって来るはずだと、台湾の一部専門家は予想している…」など等。
第三の方途に関しては、既にかなり実行に移されている。
高市総理が日本の国会で、「台湾周辺で同盟国(米国)の艦船が何者かに攻撃された場合、日本は同盟の義務として、米艦船救援に向かう」云々といった趣旨の答弁をした時の、中国の反応は、これまで見てきた事情からは、まさにこの3の方途に従ったものではないか…。
そしてこの時以降、日本列島を中露の軍機が周遊し、両国の軍艦が、日本列島を一周するような演習が特に目立ち始める。
経済面では農水産品の対中輸出は規制され、日本の製造業に不可欠のレア―アースの対日輸出も規制を受けたまま。そうこうする内、中国企業は、自国市場の競争激化もあって、その過剰生産能力の捌け口として、愈々本格的に、日本市場への侵攻に取り組み始めた。要は、経済攻勢をかけてきている。
こうなった状況を、今から振り返って考えると、私見にしかすぎないが、高市発言以降の中国の反応は、まるで予め計画されていたものを、手順を追って実施してきている様に見えて仕方がない。
それは、習主席が命じていた通りに、中国軍の対台湾侵攻能力が装備され、次は愈々、あらゆる手段を使って、本格的に台湾を締め上げる段階に来ていたという事情が先ずあって、そんな状況下の日本の首相の発言、それを見過ごしては、台湾統一の夢を軸に、その実現に向かって中国国内や世界政治の場で、自らの立場を強化して来た習主席にとっては、極めて具合が悪いことになる。
高市発言を見過ごすことは、自分の共産党内外への言葉が、それこそ“張子の虎”だったことを明かすに等しい。
故に、そんな日本の総理の、このタイミングにおける発言は。絶対に許すことは出来ない。許せば、習体制への地割れ地震を自ら呼び起こすことになるかもしれないのだから…。
それだけ習主席は、中国の偉大な夢実現に本気なのだ。そう考えれば、近年の軍幹部、外交幹部、党幹部の粛清も、「習主席が、何故、それほど程までに強権を振るうのか」、自ずと理解出来るではないか…。
このような読みが正しいかどうか、それは分からないが、こうした事情と背景の下で、恐らくは、そんな背景事情を考慮することなく為された高市発言、日本から見ると、それこそ“It was just an accident”という他ないであろうが、習主席にとっては、日本の首相の確信犯的な言葉だと決めつけるしか、国内外に向けて、自分の立場を守る方法がなかったのだ。
そして今、台湾の北に位置する日本への強硬な対応と同じような中国の強圧を受けているのが、台湾の南に位置するフィリピン。
領海・領土問題を盾に、フィリピンはハーグの常設国際裁判所の仲裁判決を錦の御旗に立てれば、一方、中国は南シナ海の歴史的領有を持ち出して、逆にフィリピンに強圧をかけている。直近では中国漁船員のフィリピン監視艇乗員への暴行事件なども発生している。
日本とフィリピンは米国の同盟国。台湾は、米国の1979年台湾関係法が示すような、米国にとっては特殊な相手。そしていま中国は、米国を軸とする、地理的に中央の台湾、北の日本、南のフィリピンを、自ら設定した台湾統合の時間軸に合わせて、責め立てようとしている。
トランプ大統領が、こうした習主席の台湾統合のスケジュール通りの遂行に、結果として、大きなプラスを齎そうとしている、と言ってしまえば、それは言い過ぎであろう…か。
トランプの交渉哲学が「柔軟、即応」だとすれば、習近平のそれは「時間を味方につけての、相手側の自滅を待つ、そんな長いフレーム枠での、自分側の強固な体制作りと忍耐」なのだ。
これほど見事に“交渉観”の違う指導者の対決。現在の米中対峙の関係を、このようなメガネで観ることも、時には必要ではないだろうか…。
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